消費税増税に反対するブログ

消費税の財源のほとんどが法人税減税に消えている!消費税を廃止し、物品税制度に戻そう!(コメントは、異論や反論も大歓迎です)

今の自民党が昭和の自民党の政策を否定するインボイス制度

インボイス制度の内容が理解できないために具体的な対策が取れない

 2023年10月1日からとうとう消費税のインボイス制度(適格請求書等保存方式)が導入されてしまった。その一方で、同年9月29日にはインボイス制度の中止・延期を求める団体「インボイス制度を考えるフリーランスの会」が衆議院会館を訪れ、54万筆を超えるオンライン署名を岸田首相の秘書官に手渡すなど反対運動も非常に盛り上がっている。

 一般社団法人労災センター共済会が9月28日に公表した「一人親方インボイス制度に関する実態調査」によると、免税事業者である一人親方の約半数が「インボイス制度への対応準備ができていない」と回答した。10月1日からのインボイス制度開始に向けて、対応の準備ができているかについて、21.8%が「できている」、15.8%が「ややできている」と回答した一方で、22.8%が「あまりできていない」、23.8%が「全くできていない」と答えている。準備ができていない理由(複数回答)については、「十分に理解していないため、具体的な対応策を練ることができないから」(38.3%)が最も多く、次いで「まだ今後の体制を決められていないから」(31.9%)、「自身に合っている選択が分からないから」(29.8%)となっている(図72を参照)。

 

 インボイス制度に対して危機感があるかどうかの問いでは、33.7%が「非常に感じる」、35.6%が「やや感じる」と回答。具体的には、「免税事業者のままだと仕事が減る可能性がある」が51.4%で最多となった。インボイスが発行できないと、取引先がその消費税分を代わりに負担することになるため、それを理由に取引停止になることを懸念している。他に「手続きなどの事務作業が増える」(41.4%)、「インボイス制度についてよく理解できていない」(34.3%)が上位となった。

 10月1日以降に課税事業者になるかどうかについては、34.7%が「課税事業者になる」が、30.7%が「免税事業者のままでいる」と回答した。課税事業者になる理由については、82.9%が「既存の取引先に継続してもらいたいから」と答えている。一方、免税事業者のままでいる理由については、「納税額を増やしたくないから」(48.4%)、「個人取引が多いから」(48.4%)、「納税のための事務作業が増えるのを防ぎたいから」(22.6%)、「発行する請求書が複雑になるのを防ぎたいから」(16.1%)の順に多かった。

 これらの結果について労災センター共済会は、「インボイス制度が開始される中、インボイス制度についてよくわからないという声が多く聞かれる。具体的な対策を進めるためにも、一人親方の活動をサポートする機関に相談するなど、早急な対応が必要だ」と述べている。特に、政治経済に無関心な人にとっては未だにインボイス制度について詳しく説明できないというのが本音だろう。

 

 

今の自民党は昭和の自民党と違って中小企業の味方になってくれない

 インボイス制度をわかりやすく説明すると、例えば貴方が文化祭の出店でお菓子を売っている高校生だとする。その文化祭に仕事の関係で高校の見学に来た会社員の人がいた。その人にお菓子を売る場合、高校生がインボイスに登録していないのに対して会社員がインボイスに登録していたら、買ったお菓子は経費で落とすことができず自腹で払わないといけなくなる。つまり、インボイス制度が導入された2023年10月1日以降、会社員でもインボイスを出せるか出せないかでサービスや商品を選ぶことになるだろう。

 その一方で、ツイッターまとめサイトではインボイス制度について「今まで納めずに益税として貰っていた消費税をちゃんと払いましょうねというだけなんですよ」と説明されている。しかし、消費税に免税制度を導入したのは他ならぬ自民党の竹下政権なのだ。もともと、消費税は1970~80年代にかけて大平政権や中曽根政権が導入しようとしたときに中小企業の根強い反対があったため、1989年の竹下政権は年間売上高3000万円以下の事業者は消費税を納めなくてもいいという特例措置を設けた。当時の自民党はまだ中小企業に対する配慮がある政党だったのだ。

 

 だが、それから15年が経って2004年に小泉政権は免税業者の年間売上を3000万円から1000万円以下に縮小している。小泉政権は「在任中に消費税を引き上げない」という公約を掲げていたが、実際には免税業者を縮小することで年間売上1000~3000万円の事業者に対して増税を行ったと言えるだろう。そして、3000万円から1000万円以下に縮小された免税業者をほとんど廃止しようとしているのが今回のインボイス制度である。つまり、インボイス制度の導入は今の自民党が昭和の自民党の政策を否定していることになる(表10を参照)。

 

 自民党の中でも積極財政的な経済政策提言を取りまとめていた元衆議院議員の安藤裕氏が、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化していた2020年4月に粗利補償をしないと中小企業が潰れると訴えたところ、自民党幹部から「これで持たない会社は潰すから」と言われたことを打ち明けた。また、同年5月3日には元自民党国会対策委員長逢沢一郎氏が「ゾンビ企業は市場から退場です。新時代創造だね」と発言している。少なくとも、今の自民党は昭和の自民党と違って中小・零細企業の所得を引き上げてくれる政党ではないことを頭に入れておいたほうが良いだろう。

 インボイス制度中止の運動を更に盛り上げるためには、無党派層だけでなく自民党支持者の方々にもインボイス反対の署名にご協力していただく必要があると思っている。

 

 

<参考資料>

小此木潔 『消費税をどうするか 再分配と負担の視点から』(岩波書店、2009年)

松尾匡 『左翼の逆襲 社会破壊に屈しないための経済学』(講談社、2020年)

 

インボイス制度反対の署名54万筆、政府へ手渡し実現

https://www.oricon.co.jp/news/2296704/full/

一人親方インボイス対応 進まない理由は説明不足か?

https://www.s-housing.jp/archives/326681

北欧の高負担社会に憧れている橘木俊詔氏と永江一石氏に反論する

消費税が高い国々は「脱成長」とは無縁の高度経済成長社会

 消費税増税に反対していると、必ず「北欧では消費税が高くても社会保障が充実していて上手くやっているのではないか」という反論が返ってくる。その代表的な評論家だと言えるのが京都大学名誉教授の橘木俊詔氏である。

 彼は著書『貧困大国ニッポンの課題』の中で、「デンマーク社会保障財源のほとんどを消費税でまかなっており、他の国々のように社会保険料を納めることのできない低所得者を福祉の世界から排除しない仕組みになっている。中長期的な国家戦略として、デンマーク型の社会保障制度を段階的に目指していくことは企業と家族が個人を支えられなくなった現在の日本にとって非常に大きな意義があると考える」と述べている。

 

 しかし、消費税が高い国々は日本よりはるかに経済成長していて1997~2022年の25年間で名目GDPの伸び率はハンガリーが7.12倍、アイスランドが6.87倍、ノルウェーが4.24倍、クロアチアが3.36倍、スウェーデンが2.92倍、フィンランドが2.40倍、デンマークが2.38倍、ギリシャが1.85倍なのに対し、日本は1.02倍程度である(図69を参照)。過去の日本に例えれば1970~1995年の25年間で名目GDPが6.59倍も増加しているので、ハンガリーアイスランドでは日本の高度経済成長期からバブル崩壊に匹敵する経済成長が続いていると言っていいだろう。消費税が高い国々は橘木俊詔氏が提唱している「脱成長」とは無縁の高度経済成長社会なのだ。

 

 また、消費税が高い国々の特徴は公務員数が非常に多いことが挙げられる。総雇用者数に占める公務員数の割合(2017年)はノルウェーが30.8%、スウェーデンが28.9%、デンマークが28.0%、フィンランドが24.2%、アイスランドが23.8%、ハンガリーが20.5%、ギリシャが16.6%なのに対し、日本は5.9%OECD加盟国の中で最低である(表8を参照)。日本では90年代以降に消費税増税が進められた一方で、地方公共団体の総職員数は1994年の328.2万人から2022年の280.4万人まで削減されているのだ。

 

 

消費税を増税しても幸福度ランキングの上位にはなれない

 また、橘木俊詔氏の他にも北欧型の高負担社会を夢見ている人物にコンサルタントの永江一石氏がいる。彼はブログで「世界で一番幸福度が高い国ベストスリーの消費税率はフィンランドが24%、デンマークが25%、ノルウェーが25%。だから日本の幸福度を上げるためにはもっと消費税を増税しろ」などと言っている。

 確かに2022年の幸福度ランキングを調べてみると上記の国に加えて、3位のアイスランド、5位のオランダ、7位のスウェーデン、11位のオーストリア、13位のアイルランド、といずれも消費税率が並び、日本は54位である。しかし、ランキング上位には消費税が7.7%のスイスが4位、消費税が5%のカナダが15位と高負担ではない国も含まれている。逆に、消費税が20%を超えている国でもクロアチアが47位、ポーランドが48位、ポルトガルが56位、ギリシャが58位と日本と同水準の順位である。このことから、消費税を増税しても必ずしも幸福度ランキングの上位になれるわけではないのがわかる(表9を参照)。

 

 更に、永江氏は同ブログの中で「消費税以外の事を一切加味せずに『消費税だけのせいで景気が悪化』と唱えるのおかしくないですか? わたしはそれより人口が激減していて消費総量が減ってる方がよほど景気に影響してると思いますよ」とも述べているが、これも全くの嘘である。

 日本の総人口が減少したのは主に東日本大震災以降で、消費税5%の時期は2011年3月の1億2795万人から2014年3月の1億2727万人まで減っていたのに対し、実質消費指数は2011年3月の107.0から2014年3月の122.8まで15.8%も増加していた(図70を参照)。個人消費の低迷は人口減少ではなく消費税増税のせいであり、今でも消費税が5%のままだったらコロナ不況からの回復はもっと早かったのではないだろうか。

 

 

法人税の引き上げによって利益を人件費に回す必要がある

 その他にも、永江氏は「自分が大企業に入れなかったといって、大企業にもっと課税しろ、俺たちよりたくさん給料もらってる大企業の労働者はけしからんって、言ってて情けなくないの?」と述べているが、今は大企業であっても法人税減税で浮いたお金を十分な賃上げに回しているとは言い難いだろう。

 例えば、「法人税減税を従業員の給与に回す」と公言していた代表的な企業に株式会社ワークマンがある。ワークマンは群馬県伊勢崎市に本社を置く主に現場作業や工場作業向けの作業服・関連商品の専門店で、2016年2月には法人税減税で企業収益を押し上げて、賃上げや設備投資の拡大につなげるという安倍政権(当時)の「経済の好循環」の呼びかけに賛同し、多めの賃上げを実行して内部留保を積み増さない方針を発表した。

 

 しかし、それから7年が経って法人税減税が本当に賃上げにつながったかどうかについては検証が必要だろう。ワークマンの平均年収は2013年の597万円から2022年の732万円まで9年間で1.23倍増加していて、これだけ見ると法人税減税が賃上げにつながったように感じるかもしれない。だが、ワークマンの決算情報を確認すると経常利益は2013年度の95.0億円から2022年度の246.6億円まで9年間で2.60倍も増加している(図71を参照)。

 もし、経常利益の増加ぶんを全て給与に回していた場合、ワークマンの2022年の平均年収は1549万円にのぼっていたことになる。ワークマンが本当に「法人税減税を賃上げにつなげる」と言うのであれば、安くても平均年収を1000~1200万円まで引き上げるべきではないだろうか。そのためには法人税の引き上げによって、企業が税引き前利益を抑えて従業員の人件費に回す必要があるのだ。

 

 

<参考資料>

国民経済計算 昭和30年1-3月期~平成13年1-3月期

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2001/qe011/gdemenuja.html

Government at a Glance - 2021 edition : Public employment

https://stats.oecd.org/

地方公共団体の総職員数の推移

https://www.soumu.go.jp/main_content/000608426.pdf

「消費税下げろ」と「法人税上げろ」と叫ぶワカッテナイ感

https://www.landerblue.co.jp/46200/

【2022年】最新世界幸福度ランキング 世界の順位一覧と日本の状況

https://eleminist.com/article/2052

【世界151ヶ国】消費税(付加価値税)の税率の高い国ランキング一覧

https://yattoke.com/2019/01/15/consumption-tax-rank/

人口推計 統計局ホームページ

https://www.stat.go.jp/data/jinsui/

家計調査(家計収支編) 時系列データ(二人以上の世帯)

https://www.stat.go.jp/data/kakei/longtime/index.html

ワークマンは法人税減税を社員に還元し5.3%の賃上げを決定

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000004.000013308.html

ワークマンの平均年収

https://nenshu-master.com/companies/workman/

2015年の「アベノミクス新三本の矢」を8年経って検証する

消費税が5%のままだったら名目GDPは646.0兆円になっていた

 2015年9月24日、当時の安倍政権は「アベノミクス新三本の矢」を発表し、2020年までに希望を生み出す強い経済として名目GDP600兆円、夢を紡ぐ子育て支援として出生率1.8、安心につながる社会保障として介護離職ゼロを達成する目標を掲げていた。それから8年が経って、「アベノミクス新三本の矢」について十分に検証する時期に来ていると言えるだろう。

 

 2023年9月8日に発表された同年4~6月期のGDP成長率の改定値は、物価の変動を除いた実質が年率プラス4.8%、物価の変動を含めた名目が年率プラス11.4%に下方修正された。また、家計最終消費支出(帰属家賃を除く)は実質が年率マイナス3.2%、名目が年率マイナス1.5%と速報値より更に悪化してしまった。

 しかし、日本の名目GDPは最新のデータで589.5兆円となっていて、安倍政権が当初目標に掲げていた600兆円まであと10兆円余りになっている。消費者物価指数の中で最も重要なコアコアCPI(食料とエネルギーを除く総合物価指数)は2023年7月に対前年比プラス2.7%まで上昇しているため、このままインフレが続いて名目GDPが実際に600兆円を超えたら自民党の幹部は次の衆院選に向けて「遅ればせながら安倍政権の目標が達成された」と自画自賛し、2020年までに達成できなかった理由を新型コロナウイルスのせいにしてくることが予想されるだろう。

 

 だが、安倍政権以降の自民党が緊縮財政を行わず消費税が5%のままだったら、新型コロナウイルスが感染拡大する前に名目GDPは600兆円を超えていた可能性が高いことは自民党に批判的な評論家もなかなか指摘しないのではないだろうか。

 例えば、名目家計最終消費支出(帰属家賃を除く)の推移を見ると、東日本大震災が発生した2011年1~3月期の225.7兆円から消費税が8%に増税される直前の2014年1~3月期の248.2兆円まで3年間で22.5兆円も増加した。2014年4月以降もこれと同じペースで消費の増加が続いていたら、家計最終消費支出はコロナ前の2020年1~3月期に293.2兆円、最新の2023年4~6月期に317.6兆円までのぼっていたことが予想される。

 

 そうなると実際のところ、2020年1~3月期に名目GDPは554.1兆円、家計最終消費支出は246.3兆円、2023年4~6月期に名目GDPは589.5兆円、家計最終消費支出は261.1兆円だが、消費税が5%のままだったら名目GDPは2020年1~3月期に46.9兆円も押し上げられて601.1兆円となり、2023年4~6月期に56.6兆円も押し上げられて646.0兆円となっていただろう。安倍政権が目標に掲げていた「名目GDP600兆円」は消費税増税がなければコロナ前に達成されていたのだ(図66を参照)。

 

 「消費税を5%に引き下げたら財政再建はどうするんだ?」と心配する人も多いかもしれない。しかし、国際的な財政再建の定義は「政府の負債対GDP比率の減少」であり、消費税を引き下げて個人消費が伸びることで、名目GDPが増加すれば政府の負債が増えても財政再建は可能なのだ。

 財務省によれば2022年6月末時点で国債と借入金、政府短期証券を合計した政府の負債は1276.3兆円で対GDP比率は216.5%となっているが、もし消費税が5%のままで2023年4~6月期の名目GDPが646.0兆円だったら「政府の負債対GDP比率」は197.6%まで縮小したことになる。消費税増税の反対派は「消費税引き下げこそが財政再建への道」という運動を展開することも必要だろう。

 

 

日本と韓国は共通してGDP成長率の低迷と少子化に深い関係がある

 厚労省は2023年6月2日に前年の2022年の人口動態統計を発表した。出生数は2021年より約4万人少ない77万747人、女性1人当たりの子供の数を示した「合計特殊出生率」は1.26と2005年に並び過去最低となった。アベノミクス新三本の矢の2つ目では「夢を紡ぐ子育て支援」として出生率1.8を掲げていたが、ますます目標から遠ざかる一方である。

 

 今回の記事は私が日本の少子化問題に興味を持ったきっかけについて書きたいと思う。私が初めて子供の数が減って高齢者の数が増える「少子高齢化」という言葉を知ったのは2003年当時、小学6年生の社会科の授業で習ってからである。しかし、少子化の解決策が主に2つしか示されていなかったことに関しては疑問に感じざるを得なかった。

 まず1つ目は「少子化の原因は女性の社会進出だから女性の就業率を下げるべきだ」というもので、これは現在でも日本会議統一教会が同様の主張をしている。次に2つ目は「少子化の原因は子育てにお金が掛かることだから消費税を欧州並みの15~20%まで引き上げて社会保障を充実させるべきだ」というもので、こちらは岸田政権が言っている「異次元の少子化対策を行う財源として消費税増税が必要」という主張に通じる部分がある。

 

 前者に関しては女性の就業率が1992年の49.6%から2003年の45.9%まで下がって、出生数が1992年の120.9万人から2003年の112.4万人まで減少しているので少子化と女性の就業率は全く無関係なこと、後者に関しては消費税が2013年の5%から2022年の10%まで引き上げられ、出生数が2013年の103.0万人から2022年の77.1万人まで減少しているので増税しても逆効果なことがわかる。

 

 私は今まで『消費税を廃止するためには若者バッシングを止める必要がある』などの記事で、日本の「名目GDP成長率と出生数の推移」に強い相関関係があることを示してきたが、日本以外に韓国でも「GDP合計特殊出生率の推移」に相関関係があるのを発見した。ちなみに韓国では出生数のデータが見つからなかったため、出生率のほうで比較することにする。

 韓国では1960年代から「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長が始まり出生率も1971年に4.54あったが、その後は成長率の低迷と共に下がっていき2021年の出生率は0.81しかない。図67では過去50年間(1971~2021年)の「韓国の名目GDP成長率と出生率」の推移を示したが、この2つの相関係数を確認すると83.2%と比較的高い数値が表れている。日本と韓国で共通して名目GDP成長率の低迷と少子化に深い関係があるのは、どちらも若者向けのセーフティネットが脆弱な国だからだろう。

 

 特に日本のデフレ不況が始まった1997年に韓国ではアジア通貨危機が発生し、IMFの管理下のもとで金融機関のリストラや労働市場の改革など過酷な新自由主義的政策が進められ、その影響で若者が貧困化して出生率が大幅に低下したとされる。日本の少子化を改善させるためには消費税廃止や財政出動などの経済対策を実施するだけでなく、こうした日本以外の少子化が深刻な国を研究して理解する必要があるだろう。

 

 

「新時代の日本的経営」が男性の介護離職者を増やしてしまった

 アベノミクス新三本の矢の3つ目では「安心につながる社会保障」として介護離職ゼロが掲げられていたが、これについても本当に目標が達成されているのだろうか。

 厚労省の雇用動向調査によれば、介護や看護を理由に離職した人は1993年の2万6500人から2005年の7万4300人まで増加してその後やや減少するが、2015年には9万1000人まで再び増加し、最新の2021年でも9万5200人と高止まりした状況が続いている。2000年代の中で2005年の介護離職者が突出して多いのは、翌年の2006年に始まった「改正介護保険法」で要介護者への在宅サービスが大幅に制限されることを予想し、駆け込みで介護離職する人が続出したためだと考えられる。

 

 1993年からの約30年間で介護離職者がここまで増加したのは、男性で介護離職する人が増えたことも原因の一つとして挙げられるだろう。男性の介護離職者は1993年当時に2700人程度だったが、2021年には2万4000人まで8.9倍も増加している。これは女性の1993年の2万3800人から2021年の7万1200人までの3.0倍増加と比較しても驚異的なスピードである。全体の介護離職者に占める男性の割合は1993年の10.2%から2017年の38.5%まで上昇し、最新の2021年には25.2%となっている(図68を参照)。

 

 男性の介護離職者が増加したのは、今まで夫の親が要介護状態になったとしても「夫ではなく、妻がその親の面倒を見るのが当たり前」という風潮があり、それが約30年間かけて薄くなってきたと言うこともできるだろう。しかし、その一方で男性の雇用劣化の影響も見過ごすことができない。男性介護離職者の4割は40~50代の働き盛りの世代で占められているが、国税庁のデータによれば40~44歳男性の平均年収は1997年の644.7万円から2021年の584.3万円まで60万円、45~49歳男性は1997年の694.5万円から2021年の629.5万円まで65万円、50~54歳男性は1997年の736.6万円から2021年の663.6万円まで73万円も減少している。

 経団連は90年代後半から「新時代の『日本的経営』 挑戦すべき方向とその具体策」として非正規雇用や派遣労働を増やす政策を進めてきたが、その結果として男性の介護離職者が増加してしまったのではないだろうか。そのため、政府が本当に介護離職ゼロを達成するには、長年にわたって続いてきた自民党経団連の関係を断ち切る必要もあるのかもしれない。

 

 また、男性で親の介護が必要となった場合に「介護を理由に休職すると人事評価でマイナスになるのでは」といった懸念を持つ人が多く、そこで休職ではなく退職というやむを得ない決断をしてしまうようである。40~50代の年齢で退職してしまうと再び仕事に復帰することは非常に難しく、介護者が離職しなくても済むような介護制度や介護施設を早期に充実させることが重要だと言えるだろう。

 

 

<参考資料>

小泉俊明民主党大崩壊! 国民を欺き続けた1000日』(双葉社、2012年)

和田秀樹 『テレビの金持ち目線 「生活保護」を叩いて得をするのは誰か』(ベストセラーズ、2012年)

久原穏 『「働き方改革」の嘘 誰が得をして、誰が苦しむのか』(集英社、2018年)

 

アベノミクス「新3本の矢」を読み解く

https://www.nikkei.com/article/DGXZZO92034300U5A920C1000000/

国民経済計算 2023年4-6月期2次速報値

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2023/qe232_2/gdemenuja.html

消費者物価指数(CPI) 時系列データ

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200573&tstat=000001150147

国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(令和5年6月末現在)

https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/gbb/202306.html

出生率1.26で過去最低、出生数77万747人

https://resemom.jp/article/2023/06/06/72417.html

労働力調査 長期時系列データ

https://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html

Fertility rate, total (births per woman) - Korea, Rep.

https://data.worldbank.org/indicator/SP.DYN.TFRT.IN?locations=KR

OECD Nominal GDP forecast

https://data.oecd.org/gdp/nominal-gdp-forecast.htm

雇用動向調査 年次別推移

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450073&tstat=000001012468

民間給与実態統計調査結果

https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm

消費税を廃止するためには若者バッシングを止める必要がある

10代の人工妊娠中絶率の減少まで草食系男子のせいにする岩室紳也

 2023年8月15日に発表された同年4~6月期のGDP成長率は物価の変動を除いた実質が年率プラス6.0%、物価の変動を含めた名目が年率プラス12.0%だった。名目GDP成長率が年率プラス10%以上の高い数値を記録するのは2020年7~9月期以来のことである。

 しかし、家計最終消費支出(帰属家賃を除く)は実質が年率マイナス2.6%、名目が年率マイナス0.9%と個人消費は逆にマイナスとなってしまった。他の項目を見ると、名目民間企業設備投資が年率プラス3.2%、名目民間住宅投資が年率プラス6.5%、名目公的固定資本形成が年率プラス8.3%であるため、住宅投資や公共投資の伸びが個人消費の落ち込みをカバーした形になっている。

 ちなみに、実質と名目でGDP成長率に6.0ポイントもの差があるのは、消費者物価指数の中で最も重要なコアコアCPI(食料とエネルギーを除く総合)が2023年6月に対前年比2.6%まで上昇している影響が大きいだろう。

 

 だが、日本政府は個人消費が落ち込んでいる状況でも相変わらず消費税を欧州並みの15~20%まで引き上げることに賛成し、自民党議員の多くは日経平均株価が3万円を超えているのを理由にこれ以上の景気対策は必要ないと考えている。

 最近でもフランスを視察した松川るい議員が2016年に「日本の消費税の負担割合が、諸外国と比べてむしろ低いほうではないかと私は思っております。スウェーデンデンマークノルウェーが25%、フランスでも19.6%、ドイツは19%なわけです」「消費税引き上げを着実に実施しなければならない」と発言していたことが物議を醸した。

 『2010年代以降に若者の自殺が増加した原因について検証する』の記事でも述べた通り、フランスでは世代間の格差が深刻で北アフリカ系の17歳の少年を警官が射殺した事件をめぐって若者が暴動を起こしている状況なのだ。自民党景気対策として消費税を廃止することに否定的なのは、日本やフランスなど比較的成長率の低い先進国で若者が自分の将来に希望を持てない状況に無関心だからではないだろうか。

 

 こうした「若者論」を語るとき、好んで用いられるエピソードがある。『近頃の若者はけしからん』と書かれた出土品が何千年も前の遺跡から発掘されたというものだ。舞台はメソポタミアだったり、エジプトだったりバリエーションは様々なのだが、一度は耳にしたことのある人も多いのではないだろうか。

 昭和の時代でも、1970年代の終わり頃から普及したウォークマンの愛用者と未体験者の間で不毛な議論が起こった「ウォークマン論争」の中で、明らかに若者バッシングを煽るような内容の投書が確認できる。毎日新聞の1980年2月6日付朝刊「読者の目」では、34歳の男性が『昨年の暮れあたりからよく見かける風俗に、ヘッドホンをつけたまま街頭をカッポする若い男女がいる。彼らはあのヘッドホンで何を聞いているのだろうか。話によるとわけのわからない騒音的な音楽を聞いているとのこと。私はあの音楽がわからぬ人間ですから何も言う資格がないが、どうも気になって仕方がない。特に二人連れでヘッドホンをつけた男女がいるが、あんなものをつけていたら会話もできないだろう』と述べている。今となっては信じられない話だが、1980年当時は30代になれば自分が若者とは異なる価値観を身につけた世代なのだと認識する時代だったのだ。

 しかし、超高齢化社会と言われる現代の日本では若者を否定することが多数派の意見となってしまっているように感じる。例えば、2000年代の2ちゃんねるではゆとり世代(1987~1995年生まれ)に対するバッシングが酷かったのに対し、ゆとり世代の当事者がそれに反論してスレッドが荒れることも多かった。だが、最近では2ちゃんねるYahoo!ニュースのコメント欄でZ世代(主に2000年生まれ以降)が叩かれても誰も反論してこない状況になっている。

 私は32歳ともう若くない年齢に差し掛かっているが、今の10代のほうが自分よりはるかに優秀だと感じる一方で、逆に60代以上の世代と意見が対立することが多い。今は30代でも政治的には子供扱いされる年齢なのだなと思うのが正直な感想である。

 

 現代の日本で若者をバッシングしている代表的な評論家に岩室紳也氏という人物がいる。彼は日本泌尿器科学会に所属する性感染症の医師で、中学や高校などでエイズ予防と性教育の学校講演を年間100回ほど行っているという。しかし、2013年に日本評論社から出版した『イマドキ男子をタフに育てる本』を読んでいて疑問に感じる部分が多いと思った。

 岩室氏は本書の中で1998年以降に男性の自殺者が急増したことについて「内閣府の調査では、自殺した人たちの一定割合が経済的に苦しい状況だったことはわかっています。でも、同じような苦しい状況の中、死を選ぶ人と頑張って生き抜く人がいます。そこに着目した私は、自殺が増えた原因にはもっと他の要因があるに違いないと考えました」と述べている。だが、1971~2021年の男性の自殺死亡率と完全失業率相関係数92.1%と高い数値が表れていて、自殺の大きな原因が収入の減少や生活苦にあるという内閣府の調査は間違っていない。そもそも、バブル崩壊後も消費税が3%だった1996年までは、個人消費や民間企業の平均年収が増えていて自殺者は少なかったのだ。

 

 更に、岩室氏は「近年、10代の人工妊娠中絶率は減少の一途をたどっています。また、同じ時期の34歳以下の性感染症クラミジア、淋菌感染症ヘルペス)も減少しています。この原因は、草食系男子や絶食系男子と言われるようにセックスを求めなくなった若い男子の増加が考えられます」とも述べている。岩室氏は性感染症の医師であるにも関わらず、10代の人工妊娠中絶が減少しているのを悪いことだと捉えているようである。

 しかし、1971~2021年の未成年の中絶実施率と15~19歳女性失業率の相関係数91.4%とこちらも高い数値が表れていて、2001年以降に中絶が減少したのは若年失業率が改善してきたことが理由のようだ。私からすれば岩室氏はもっとデータを見る必要があると感じる(図61~62を参照)。

 

 

 

年収200万円未満の25~34歳の男性が安倍政権を評価しなかった理由

 また、若者バッシングを煽っているのは政府の側も同じだろう。安倍晋三元首相は2006年に文藝春秋から『美しい国へ』という本を出版したが、その中で疑問に思っているのが「大学の入学時期を原則9月にあらため、高校卒業後に大学の合格決定があったら、それからの3ヵ月間をボランティア活動にあてる必要がある」と主張している内容である。「大学の9月入学」は新型コロナウイルスの感染拡大が問題となっていた2020年5月にも議論されていたのが記憶に新しいだろう。

 安倍元首相は日本の子供たちの問題は学力よりもモラルの低下だと述べており、その根拠として日本青少年研究所が2004年に日本・アメリカ・中国の高校生を対象に行った『高校生の学習意識と日常生活』という調査で、「若いときは将来のことを思い悩むより、そのときを大いに楽しむべきだ」と考えている生徒が中国は19.5%、アメリカは39.7%なのに対し、日本は50.7%にものぼっていたことを挙げている。

 

 だが、1994~2004年の10年間で名目GDPは中国が3.33倍、アメリカが1.68倍も増えたのに対し、日本はたったの1.04倍しか増加していない(図63を参照)。中国の高校生が今を大いに楽しむより将来のことを考えているのは経済成長が著しいからであって、逆に日本で今を楽しむ高校生が多いのはバブル崩壊後の長引くデフレ不況で将来に悲観的になっていることの裏返しではないだろうか。

 実際に、『高校生の学習意識と日常生活』の8年後に行われた『高校生の生活意識と留学に関する調査』(2012年)によれば、「自国の経済は持続的に発展するだろう」という質問に「とてもそう思う」と答えた生徒は中国が39.7%、アメリカが15.4%だったのに対し、日本は3.9%しかいなかった。それを「モラルが低下してボランティア精神が欠如しているから」と結論づけるのは、『美しい国へ』の本文にもあるようにいかにも昭和30年代のような貧しい時代の日本を懐古して、消費税を10%まで増税した安倍元首相らしいなと思えてならない。

 

 その一方で、自民党の熱烈な支持者が安倍政権を崇めるときによく言うのは「若者は自民党を支持している」という主張である。しかし、マーケティング・アナリストの三浦展氏による調査ではこれにはカラクリがあることが明らかになっている。

 三浦氏が2021年に光文社から出版した『大下流国家 「オワコン日本」の現在地』の136~137ページには、男女・年齢・年収別に見た安倍政権の評価(2020年11月時点)について詳しく書かれており、全体では「評価する」が9.6%、「まあ評価する」が30.6%、「どちらでもない」が28.0%、「あまり評価しない」が15.7%、「評価しない」が16.1%だった。男女別では「評価する」が男性13%、女性6%、「評価しない合計」が男性32%、女性32%と差はほとんどなく、「どちらでもない」が男性23%、女性34%だった。

 

 年齢別に見ると25~34歳男性は年収が上がるほど安倍政権の評価が高まる傾向が強く、年収200万円未満は「評価する合計」が31%程度なのに対し、年収600万円以上は60%にものぼっている(図64を参照)。これは45~54歳男性の年収600万円以上が49%、25~34歳女性の年収600万円以上が43%だったのと比較しても突出して高いことがわかるだろう。

 25~34歳男性の年収600万円以上が安倍政権を評価していたことについて、三浦氏は若くて年収の高い男性ほど社会全体の論調を内面化して実力主義新自由主義的な価値観を身につけている可能性があるからだと考察している。

 

 私は25~34歳男性が高所得者ほど安倍政権を評価して低所得者ほど評価しなかった理由は、1990年代以降の自民党低所得の男性は結婚したくてもできない現実から目を背けてきたことも原因の一つだと思っている。

 実際に、安倍元首相は前述の『美しい国へ』の中で「従来の少子化対策についての議論を見て感じることは、子供を育てることの喜び、家族を持つことの素晴らしさといった視点が抜け落ちていたのではないか、ということだ。私の中では、子供を産み育てることの損得を超えた価値を忘れてはならないという意識が更に強くなってきている」と述べている。つまり、安倍元首相は日本で少子化が進んだのは若者が「家族を持つことの素晴らしさ」を失って、結婚や子育てをしなくなったことが原因だと言いたいようである。

 

 だが、図65では過去60年間(1962~2022年)の「名目GDP成長率と出生数の推移」を示したが、この2つの相関係数を確認すると87.3%と高い数値が表れている。つまり、日本で少子化が進んだのは1990年代のバブル崩壊後にデフレ不況が深刻化する中で消費税増税や歳出削減などを行って子育て世代の収入が減少したからなのである。

 それにも関わらず、政府が消費税廃止や現金給付などの景気対策を実施しないのは、自民党の幹部や岩室紳也氏のように若者バッシングをすることしか能がない中高年層が多いからだろう。消費税を廃止するためには、高齢化社会の中でエスカレートしてきた若者バッシングを止める必要もあると感じられる。

 

 

<参考資料>

古市憲寿 『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社、2011年)

南信長 『1979年の奇跡』(文藝春秋、2019年)

岩室紳也 『イマドキ男子をタフに育てる本』(日本評論社、2013年)

安倍晋三美しい国へ』(文藝春秋、2006年)

日本青少年研究所 『高校生の生活意識と留学に関する調査報告書』(日本青少年研究所、2012年)

三浦展 『大下流国家 「オワコン日本」の現在地』(光文社、2021年)

 

国民経済計算 2023年4-6月期1次速報値

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2023/qe232/gdemenuja.html

消費者物価指数(CPI) 時系列データ

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200573&tstat=000001150147

「国民をバカにするパリ視察」松川るい持論は「フランスでも消費税は19.6%」

https://news.yahoo.co.jp/articles/f422a1bb1971fe62b6d6b311a2c2b5df2457b919

人口動態調査

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450011&tstat=000001028897

衛生行政報告例

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00450027&tstat=000001031469

2010年代以降に若者の自殺が増加した原因について検証する

消費税を8%に増税した2014年以降に20歳未満の自殺者が増加している

 2023年6月27日にパリ郊外で北アフリカ系の17歳の少年を警官が射殺した事件をめぐり、フランス各地で抗議行動が起きて暴動に発展した。暴動は商店や自動車の破壊などで10億ユーロ(約1550億円)以上の損失を出したとみられ3400人以上が逮捕された。フランスでは、人種をめぐる不平等や経済的な格差についての議論が再燃する一方で世代間の格差も表面化しつつある。マクロン大統領は6月30日にデモや暴動に参加している10代の若者に対して「彼らが夜の路上に出ないようにするのは親の責任であって政府の仕事ではない」と主張し、翌日の記者会見では暴動で逮捕された者の3分の1はとても若いと指摘した上で「彼らの中にはゲームの中毒者もいるようだ」と責任転嫁した。

 こうしたニュースを見て「若者の暴動が起きていない日本は幸せだ」と思った人も多いかもしれない。しかし、日本ではフランスと異なる形で若者の問題が表面化していると言うこともできるだろう。実際に、厚労省が発表している2022年版の「自殺対策白書」によれば、日本の10歳から39歳までの死因の第一位は自殺となっている。こうした状況は国際的に見ても深刻であり、10~20代で死因の第一位が自殺なのは日本と韓国のみである。韓国で若者の自殺が多いのは明らかに兵役制度や受験戦争が原因だが、日本で若者の自殺が多いのは学校や職場が「事実上の兵役制度」になっているからだろう。

 

 また、近年では高齢者の自殺が減少する一方で若者の自殺は増加しているのだ。人口比で見た20歳未満の自殺率は1979年の10万人当たり2.57人から1991年の1.43人に減少し、バブル崩壊後の1998年には2.68人まで再び増加するが、その後は消費税が5%だった最後の年である2013年の2.44人まで横ばいで推移していた。それがここ10年で急速に増加して最新の2022年は3.99人になっている(図58を参照)。

 それに対し、人口比で見た60歳以上の自殺率は1998年の10万人当たり40.73人から2022年の18.88人まで24年間で半分以下に減少している。近年自殺者が減ったと言われるのは、明らかに高齢者の自殺者数が減少したことが理由だろう。

 

 消費税増税の賛成派は「消費税を5%に増税した1997年以降は自殺者が増加したが、8%に増税した2014年以降は自殺者が増加していない」と言っているが、実際には20歳未満に限れば2014年以降も自殺者が増加しているのだ。

 若者の自殺が増加したことについて新型コロナウイルスの感染拡大に原因を求める向きもあるだろうが、今回は主にそれ以外の理由を考察したいと思う。

 

 

国が経済成長していないと若者は自分の将来に希望を持てなくなる

 2010年代以降に若者の自殺が増加した原因について、長引くデフレーションの影響は避けて通れないだろう。例えば、内閣府が2013年に日本及び6つの国(アメリカ、スウェーデン、イギリス、韓国、ドイツ、フランス)における13~29歳までの若者を対象に、共通の質問項目を用いて実施した『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』(以下、若者調査)がある。

 この調査結果の中で、「あなたは自分の将来について明るい希望を持っていますか」という質問に対して、「希望がある」と回答した割合はアメリカが56%、スウェーデンが52%、イギリスが44%、韓国が42%、ドイツが27%、フランスが24%だったのに対し、日本は12%と著しく少なかった。その一方で、「どちらかといえば希望がない」と「希望がない」の合計はアメリカが9%、スウェーデンが9%、イギリスが10%、韓国が14%、ドイツが18%、フランスが17%だったのに対し、日本は38%と突出して多くなっている。

 若者調査で対象となった7ヵ国の過去20年間(2003~2023年)の名目GDPの伸び率を調べると、アメリカが2.34倍、スウェーデンが2.34倍、イギリスが2.06倍、韓国が2.68倍、ドイツが1.83倍、フランスが1.69倍なのに対し、日本は1.12倍程度である(図59を参照)。このことから、先進国の中で日本だけ自分の将来に希望を持つ若者が少ないのは長引くデフレーションの影響で低成長が続いていることが原因だと言えるだろう。国の経済成長がほとんどない状態で、若者が自分の将来に明るい希望を持てないとしたら自殺者が増加するのは当然のことである。

 

 ちなみに、日本以外でも経済成長率の低いドイツやフランスは「希望がない」の回答者が多くなっている。若者調査では13~29歳の年齢について、更に細かく中学・高校期の13~17歳、大学・就職開始期の18~24歳、成人期の25~29歳の3つにわけて調査を行っているが、13~17歳の「どちらかといえば希望がない」と「希望がない」の合計はアメリカが4%、スウェーデンが6%、イギリスが6%、韓国が14%、ドイツが11%、フランスが12%、日本が26%と、日本以外の国ではいずれも自分の将来に希望を持てない中学生や高校生は少なかった。

 それに対し、25~29歳の「どちらかといえば希望がない」と「希望がない」の合計は比較的成長率の高いアメリカが11%、スウェーデンが11%、イギリスが11%、韓国が13%とほとんど増加していないのに対し、比較的成長率の低いドイツが21%、フランスが22%、日本が45%と増加している。国が経済成長していないと、大人になるにつれて閉塞感が広がり自分の将来に希望を持てなくなるのだろう。

 

 

若者の自殺を減らすためには今からでも道徳の教科化を中止すべき

 また、若者の自殺が増加した原因について長引くデフレーションの他にも、2018年度から小学校、2019年度から中学校で始まった道徳の教科化を挙げる必要があるように思う。道徳教育とは一見すると、子供たちのいじめや自殺を防ぐために行われているように感じるが実態は違うのだ。

 少し古いが、2003年に文部科学省が実施した『道徳教育推進状況調査』がある。この中で、「道徳の時間を『楽しい』あるいは『ためになる』と感じている児童生徒がどの程度いると思うか」と各学校に対して質問したところ、小学1~2年生は「ほぼ全員」と回答した学校が43.4%だったのに対し、中学3年生になると「ほぼ全員」と回答した学校が7.6%まで減少している(図60を参照)。学年が上がって思春期に差し掛かる年齢になると、道徳に対して冷めた見方をする傾向があるようだ。

 

 小学6年生の複数の道徳教科書に採録されている「星野君の二塁打」という物語がある。この中で、星野君の少年野球チームは隣町のチームと1点を追いかける試合をしていた。最終回の7回裏、チャンスで星野君の打席になったとき監督はバントの指示を出す。しかし、その命令に納得できないままにバッターボックスに入った星野君は、絶好球が来たのでバントのサインを無視して強振し、二塁打を打ってチームを逆転勝利に導いた。だが、翌日の練習に集まったところで監督は選手に次のことを告げる。いくら結果が良かったとはいえ、チームで決めた作戦であるバントのサインを破った星野君は「チームの作戦として決めたことを絶対に従わなければならない」という規則を破ったことになる。そういう者を大会に出すわけにはいかないと。

 教師や子供たちはこの物語を素直に読めば集団の中での規律は重要だという教訓を引き出すのであろうが、それを強調すれば監督の命令に従うことが大事だという話に発展し、更に上司や政府の指示には従わなければならないという話にも広がるだろう。また、教室では教師が限られた時間の中で求められている価値観にまとめようとしがちで、生徒からの異なる意見が排除されたり、クラスの同調圧力で少数意見を発信しようとしたりする特定の子供のいじめにつながることも懸念される。

 しかし、道徳の教科化に反対していた人もまさか教科化を実施してからの5年間で20歳未満の自殺者が増加することまでは想像していなかっただろう。文部科学省は道徳を教科化した理由について「いじめなどの現実の問題に対応できていない」と説明しているが、実際には道徳の教科化が子供たちのいじめや自殺を促してしまっているのだ。

 若者の自殺を減らすためには、消費税廃止や財政出動など名目GDPを高める政策を実施すると共に道徳の教科化を今からでも中止すべきだろう。

 

 

<参考資料>

鈴木賢志 『日本の若者はなぜ希望を持てないのか 日本と主要6カ国の国際比較』(草思社、2015年)

大倉幸宏 『「昔はよかった」と言うけれど 戦前のマナー・モラルから考える』(新評論、2013年)

山口二郎 『民主主義は終わるのか 瀬戸際に立つ日本』(岩波書店、2019年)

市民セクター政策機構 『学校がゆがめる子どもの心 「道徳」教科化の問題点』(ほんの木、2019年)

 

郊外の若者に渦巻く怒り フランスには「人種差別と戦う勇気」が必要

https://www.asahi.com/articles/ASR7B6VYBR76UHBI037.html

「大暴動は若者の親とSNSとTVゲームのせい」――仏政府の責任転嫁

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/eabbfd0d5f46c3aacb1b8157d9ddd873ce3319eb

令和4年版自殺対策白書

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsuhakusyo2022.html

令和4年中における自殺の状況

https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R05/R4jisatsunojoukyou.pdf

人口推計 長期時系列データ

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200524&tstat=000000090001

「道徳」の評価はどうなる??

https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/05/25/1379579_001.pdf

日本で子育て世代の収入を増やして少子化を改善させるためには消費税廃止が必要

消費税が5%のままだったら名目GDPは626.4兆円になっていた

 2023年6月8日に発表された同年1~3月期のGDP成長率は物価の変動を除いた実質が年率プラス2.7%、物価の変動を含めた名目が年率プラス8.3%だった。

 個別の項目を見ると、名目民間住宅投資が年率マイナス2.0%、名目政府最終消費支出が年率プラス2.2%、名目民間企業設備投資が年率プラス6.1%、名目公的固定資本形成が年率プラス6.3%、名目家計最終消費支出(帰属家賃を除く)が年率プラス8.5%と公共投資個人消費の伸びがGDP成長率の上昇につながったようだ。

 

 また、消費者物価指数の中で最も重要なコアコアCPI(食料とエネルギーを除く総合)は2023年4月に対前年比プラス2.5%と、世界的なインフレによって皮肉な形で日銀が定めた2%の物価安定目標が達成されている。この他にも、6月16日には東京株式市場で日経平均株価終値が3万3706.08円と1990年3月以来の高値を記録した。

 しかし、2017~2023年にかけて主要先進国の名目GDPの伸び率は日本が1.06倍程度だったのに対し、フランスは1.20倍、ドイツは1.24倍、イギリスは1.25倍、デンマークは1.29倍、カナダは1.33倍、スウェーデンは1.37倍、アメリカは1.38倍にものぼっている(図54を参照)。

 日本の場合は2019年10月1日から消費税を10%に増税した影響で同年10~12月期の名目GDP成長率は年率マイナス8.0%と既に経済が落ち込んでおり、新型コロナウイルスが終息しても海外と比べて景気回復が遅れているのだ。

 

 それにも関わらず、こうした状況を尻目に消費税を15~20%まで引き上げようとしているのが経団連である。2023年5月22日に開かれた政府の「こども未来戦略会議」では、岸田首相が少子化対策を今後3年間で集中的に強化する財源をめぐって新たな税負担は考えていないとしたのに対し、経団連の十倉雅和会長は「少子化対策は中長期の話で日本社会全体の問題でもあるから全員が広く薄く負担すべきだ」「企業が負担するのもやぶさかではないが、消費税を排除すべきではない」と発言した。十倉氏は未だに日本の消費税10%を薄い負担だと思っているようだ。

 

 だが、私は安倍政権以降の自民党が緊縮財政を行わず消費税が5%のままだったら、新型コロナウイルスの感染拡大があっても2022年の出生数が80万人を下回ることはなかったと思っている。

 実際に、『日本で外国人労働者が173万人も増加したのは坂東忠信氏、中西輝政氏、藤原正彦氏のような自称保守派の責任である』の記事では1956~2021年の「名目GDP成長率と出生数の推移」に高い相関関係が存在することを示し、日本で少子化が進んだのは1990年代のバブル崩壊後にデフレ不況が深刻化する中で消費税増税や歳出削減などを行って子育て世代の収入が減少したことが原因だと述べた。

 

 それでは、日本で名目GDP成長率を高めるためにはどのような政策を実施すれば良いだろうか。例えば、GDPの構成要素の一つである名目家計最終消費支出(帰属家賃を除く)の推移を見ると、東日本大震災が発生した2011年1~3月期の225.7兆円から消費税が8%に増税される直前の2014年1~3月期の248.2兆円まで3年間で22.5兆円も増加した。2014年4月以降もこれと同じペースで消費の増加が続いていたら、2023年1~3月期の家計最終消費支出は315.7兆円にのぼっていたことが予想される。

 そうなると実際の2023年1~3月期の名目GDPは572.0兆円、家計最終消費支出は261.3兆円だが、消費税が5%のままだったら2023年1~3月期の名目GDPは54.4兆円も押し上げられて626.4兆円になっていただろう。安倍政権が目標に掲げていた「名目GDP600兆円」も増税がなければ達成されていたのだ(図55を参照)。

 日本で子育て世代の収入を増やして少子化を改善させるためには、まずは消費税を5%に減税して将来的に廃止していくのが最も適切な政策ということになるだろう。

 

 

1989年当時の税率だったら法人税収は41.0兆円にものぼっていた

 Googleで「消費税増税 メリット デメリット」と検索すると経済に関するサイトで消費税増税の長所と短所が併記されたところが数多くヒットする。経済に関心のない人がこうしたサイトを見たら、「消費税増税にも良い部分があるんだ」と勘違いしてしまうかもしれない。

 例えば、社会人のためのビジネス情報マガジンを発信している『社会人の教科書』では、消費税増税のメリットの一つとして「消費税は公共事業にも使われます。公共事業によって企業にお金が流れ、そのお金が給与として消費者に渡り最終的には経済の刺激へとつながります。また、公共事業によって道路や橋などインフラが整備されれば我々の利便性向上はもちろん、増税で余裕ができれば防災対策などを行うことが可能になるなどのメリットが生まれます」と説明している。

 

 しかし、国民経済計算を見ると政府が行う社会資本整備などの投資の額を表した名目公的固定資本形成は1980年度の24.7兆円から1995年度の47.9兆円まで増加していたが、その後は2022年度の30.2兆円まで縮小してしまう。公的固定資本形成の対GDP比も1995年度の9.11%から2022年度の5.38%まで減少している(図56を参照)。消費税は公共事業に使われているどころか、物品税や消費税3%の時代のほうがよっぽど公共事業は拡大していたのだ。

 そもそも、消費税増税の目的がプライマリーバランス黒字化目標の達成である以上、「増税すれば利便性が向上して防災対策ができる」というのは考えられないだろう。

 

 更に、社会人の教科書では「租税の際に問題となるのが、本来であれば国などに収めなければならない税金をごまかす脱税行為。日本でも脱税が後を立ちませんが、消費税は他の税金と比べて脱税しにくいといったメリットがあります」と述べている。

 だが、消費税は脱税が少ない一方で国税の中で最も滞納額が大きく、2021年度に発生した消費税の滞納税額は3997億円と、国税全体の滞納額(7527億円)における53.1%を占めている。消費税は法人税所得税と違って年間売上高が1000万円以上の場合、事業者が赤字でも納税しなければならず、滞納税額が減らないのはそれだけ消費税を納められない企業が多いからである。

 

 この他にも、「消費税はその他の税金と違い、景気などの影響を受けにくく税収が安定しているといったメリットがあります」と説明されている。しかし、税金とは一般的に景気が過熱気味ならば国民の可処分所得を取り上げるために徴税を増やし、景気が悪化しているならば徴税を控えて国民の可処分所得を増やす安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)としての機能が存在する。

 逆に言えば、景気の変動に対して税収が安定している消費税は不況でも失業者や赤字企業から容赦なく取り立てる欠点を持っているのだ。

 

 国の一般会計税収を見ると、確かに法人税収はバブル期だった1989年度の19.0兆円をピークに2021年度の13.6兆円まで減少している。しかし、法人税の基本税率は1989年度の40.0%から2021年度の23.2%に引き下げられており、法人税収が不安定なのは景気だけでなく1990年代以降に減税が繰り返されてきた部分も大きいだろう。

 財務省の法人企業統計によれば企業の経常利益はバブル崩壊後も拡大を続けて、1989年度の38.9兆円から2021年度の83.9兆円まで増加している。2021年度の法人税収は13.6兆円だが、もし2021年度の経常利益に最も法人税収が多かった1989年当時の税率が適用された場合、単純比較で法人税収は41.0兆円にものぼっていたと予想され、これは実際の法人税収より27.4兆円も多かったことになる(図57を参照)。

 特に新型コロナウイルスが終息し、世界的なインフレが問題になっている現在では消費税廃止の財源として法人税増税も選択肢の一つだろう。

 

 

<参考資料>

国民経済計算 2023年1-3月期2次速報値

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2023/qe231_2/gdemenuja.html

消費者物価指数(CPI) 時系列データ

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200573&tstat=000001150147

岸田首相 少子化対策の財源 “消費税含め新たな税負担考えず”

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230523/k10014075271000.html

少子化対策増税先送りへ 十倉経団連会長「消費税排除するな」

https://www.jiji.com/jc/article?k=2023052200835&g=eco

消費税増税のメリットとデメリット15選

https://business-textbooks.com/consumption-tax-hike/

令和3年度 国税徴収、国税滞納、還付金

https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/chousyu2021/pdf/18-19_tainokanpu.pdf

消費税は廃止一択だ!

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12684780555.html

一般会計税収の推移

https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/010.pdf

法人税率の推移

https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/corporation/082.pdf

年次別法人企業統計調査(令和3年度)

https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/results/r3.pdf

消費税が3%のままだったら2021年度の名目GDPは730.5兆円になっていた

消費税を引き下げてGDPが増加すれば財政再建は可能

 2023年3月9日に内閣府が発表した2022年のGDP成長率は物価変動の影響を除いた実質が1.0%、物価変動の影響を含めた名目が1.3%だった。2020~2021年は新型コロナウイルスの感染拡大で世界的に経済が落ち込んだが、2022年の主要先進国の名目GDP成長率はカナダが11.8%、イギリスが9.5%、スウェーデンが9.4%、アメリカが8.9%、ドイツが7.6%、イタリアが7.0%、フランスが5.0%と日本よりはるかに高くなっている。

 

 しかし、日本では消費税の廃止を求めるデモがほとんど起こっておらず、「財政破綻に向かっているから消費税を15~20%まで増税しなければならない」と発言する政治家や評論家も多い。特に近年話題となった財政破綻論の中で有名なのは、財務省事務次官である矢野康治氏が文藝春秋の2021年11月号に寄稿した『財務次官、モノ申す このままでは国家財政は破綻する』という論文だろう。

 矢野氏は自らを「財政をあずかり国庫の管理を任された立場」にいる者と位置付け、「あえて今の日本の状況を喩えればタイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。ただ、霧に包まれているせいでいつ目の前に現れるかがわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです」と述べている。だが、2001~2021年の主要先進国の政府債務残高は日本が1.84倍程度の増加だったのに対し、ドイツが1.98倍、カナダが3.02倍、フランスが3.13倍、アメリカが5.24倍、イギリスが5.71倍の増加にものぼっている。日本が氷山に向かって突進するタイタニック号なら、アメリカやイギリスはとっくに激突して財政破綻している状態でないとおかしい話だろう。

 

 政府債務残高の増加のペースが日本よりはるかに早い他の先進国が財政破綻しないのは負債と共に名目GDPも大幅に増加しているからだろう。実際に、2001~2021年の名目GDPの伸び率は日本が1.02倍、フランスが1.62倍、ドイツが1.66倍、イギリスが2.03倍、アメリカが2.17倍、カナダが2.18倍となっている。国際的な財政再建の定義は「政府の負債対GDP比率の減少」であり、消費税を引き下げて個人消費が伸びることで、名目GDPが増加すれば政府の負債が増えても財政再建は可能なのだ(図49~50を参照)。

 

 

 

現代において高齢者の消費意欲が乏しいとは言えない

 また、矢野康治氏とは別に新たな財政破綻論者として警戒すべき人物に京都大学教授の柴田悠氏がいる。彼は著書『子育て支援が日本を救う』(勁草書房、2016年)の中で、「日本社会が抱えている重大な問題としてまず挙げなければならないのが財政難である。人口が高齢化すると、消費の盛んな生産年齢人口の比較が小さくなるため、需要が減って失業率が増えて税収が減るだろう。あるいは主に年金・介護・医療の領域で社会保障支出が増えるだろう。それらにより、財政余裕は減ると考えられる」と述べている。

 消費税増税の賛成派は今まで債務不履行ハイパーインフレを理由に財政破綻を煽っていたが、柴田氏は「少子高齢化による財政難」という新たな理論を提起している。2023年に入ってから岸田政権が「異次元の少子化対策を行う財源として消費税増税が必要」と言い出したのも、彼のような評論家の影響が大きいだろう。

 

 しかし、本書では「高齢者の消費意欲が乏しいというのは本当なのか?」という検証が全く行われていない。人口推計と国民経済計算を見ると、総人口に占める65歳以上の割合は1981年の9.3%から2018年の28.0%まで増加する一方で、名目家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃を除く)も1981年度の124.2兆円から2018年度の249.3兆円まで増加している。「高齢者は消費意欲が乏しい」というのが本当なら、高齢化率が高まるほど消費が減少していなければならないが日本ではそうなっていないのだ。

 それに対し、2019年度以降は消費税10%増税新型コロナウイルスの感染拡大によって消費が減少していて、2021年度の家計最終消費支出は239.6兆円になっている。2018~2021年の3年間でどの世代が最も1か月あたりの消費支出の落ち込みが深刻なのか調べたところ、子育て世代に当たる35~39歳では1万7582円も減少していた一方で、高齢者世代の80~84歳では6887円増加とバラつきがあることがわかった。つまり、現代においては必ずしも「高齢者の消費意欲が乏しい」とは言えないのではないだろうか(図51と表7を参照)。

 

 

 

4月23日の選挙では消費税廃止の候補者に投票すべき

 2015年9月24日、当時の安倍政権は「アベノミクス新三本の矢」を発表し、希望を生み出す強い経済として2020年までに名目GDPを600兆円にする目標を掲げていた。

 だが、日本の名目GDP新型コロナウイルスが感染拡大する前の2019年度でも556.8兆円であり、その後も2020年度が537.6兆円、2021年度が550.5兆円と政府の目標には達成していない。しかし、90年代後半以降の自民党が緊縮財政を行わず、消費税が3%のままだったら名目GDPは今頃700兆円を超えていた可能性が高いことは経済学者もなかなか指摘しないのではないだろうか。

 

 日本経済はバブル崩壊と言われていた90年代半ばまで着実に成長していて、1989~1996年度の名目家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃を除く)は年平均で7兆1789億円も増加していた。2021年度の家計最終消費支出は239.5兆円だが、もし消費税が3%のままで家計消費が毎年7兆1789億円も増加したら2021年度は419.5兆円にのぼっていたことが予想される。そうなると2021年度の名目GDPは550.5兆円だが、消費税が3%のままだったらGDPは180.0兆円も押し上げられて730.5兆円になっていただろう(図52を参照)。

 

 名目GDPが550.5兆円から730.5兆円に増加すれば当然のことながら「政府の負債対GDP比率」も減少する。財務省によれば2022年3月末時点で国債と借入金、政府短期証券を合計した政府の負債は1241.3兆円で対GDP比率は255.5%となっているが、もし消費税が3%のままで2021年度の名目GDPが730.5兆円だったら「政府の負債対GDP比率」は169.9%まで縮小したことになる(図53を参照)。

 矢野康治氏は論文の中で「今後も謙虚にひたむきに、財政再建に取り組んでいきたいと思っています」と述べているが、実際には消費税を増税するどころか3%以下に減税したほうが名目GDPは増加して財政再建にも有効なのだ。2023年4月23日に実施される統一地方選挙の後半戦では、消費税の廃止や引き下げを掲げている候補者に投票すべきだろう。

 

 

<参考資料>

国民経済計算 統計表(四半期別GDP速報)2022年

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2022/toukei_2022.html

OECD Nominal GDP forecast

https://data.oecd.org/gdp/nominal-gdp-forecast.htm

人口推計 長期時系列データ

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200524&tstat=000000090001

家計調査 家計収支編

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200561&tstat=000000330001&tclass1=000000330001

アベノミクス「新3本の矢」を読み解く

https://www.nikkei.com/article/DGXZZO92034300U5A920C1000000/

国債及び借入金並びに政府保証債務現在高

https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/gbb/data.htm