現金給付の対象を18歳以下に限定するのは実質的な「独身税」だ
2021年10月4日に発足した岸田政権は経済政策として「令和の所得倍増計画」を掲げている。所得倍増計画とは、1960年に池田勇人政権が閣議決定した経済対策の基本計画である。池田政権は減税や公共投資の拡大、社会保障の充実といった財政出動で当初の目標だった10年よりはるかに早い7年で国民一人当たりの所得を2倍の水準に引き上げることに成功している。
しかし、内閣府が2021年12月8日に発表した同年7~9月期のGDP成長率は物価の変動を除いた実質が年率マイナス3.6%、物価の変動を含めた名目が年率マイナス4.1%と厳しい結果になった。家計最終消費支出(帰属家賃を除く)も実質が年率マイナス6.4%、名目が年率マイナス5.2%と東京五輪を開催したにも関わらず個人消費が落ち込んでしまったのだ。
また、萩生田光一経産大臣は10月5日に「なかなか令和の時代に所得を倍増するのは非現実的な部分もあると思う」と発言し、山際大志郎経済再生担当大臣も10月14日に「令和版所得倍増は所得が2倍になるという意味ではない」との認識を示した。だが、1997~2021年にかけての名目GDPの伸び率は日本が1.02倍なのに対し、デンマークは2.16倍、イギリスは2.35倍、スウェーデンは2.59倍、アメリカは2.67倍、カナダは2.78倍にものぼっている(図20を参照)。
分配面から見たGDPは「雇用者所得」も構成要素の一つに含まれるため、名目GDPが24年間で2倍以上に増加したということは十分に所得倍増を達成したと言えるのだ。萩生田氏のように「令和の時代に所得を倍増するのは無理」と政治家が経済成長を諦めて自虐的な発言をするのは、憲法13条の幸福追求権にも違反しているのではないだろうか。
1997年以降に日本の名目GDPが増加しなくなったのは、小泉政権以降の自民党が緊縮財政を続けてデフレ不況を長期化させてきたことが原因の一つだと指摘されている。図21では2001年を100とする「主要先進国の政府支出の推移」を示したが、これを見ると日本は先進国の中で最も政府支出を増やしていない国だと言える。ちなみに、名目GDPの推移が1997年から始まって政府支出の推移が2001年から始まっているのは、アメリカが政府支出の推移を2001年以降しか公表していないためである。
更に、岸田政権は2021年12月14日に新たな経済対策で18歳以下を対象にした10万円の現金給付を決定した。公明党の山口那津男代表は「コロナの影響で2020年に不登校や自殺をした子供の数が過去最多となった。食費や通信費もかさんでいる。そうした子供たちを社会全体で応援していくメッセージを届ける必要がある」と述べている。だが、現金給付の対象を18歳以下に限定すれば、お金がなくて結婚できないワーキングプアの独身者は救われないだろう。
岸田政権が独身の貧困層に対して全く補償しないのは、厳しく言えば「子育てしていない人は国家に貢献していない」という意識が存在するからではないだろうか。実際に、2018年5月には自民党の加藤寛治氏が「女性に必ず3人以上子供を産み育てていただきたい」「結婚しなければ子供が生まれず人様の税金で老人ホームに行くことになる」と発言し、2017年11月には山東昭子氏が「子供を4人以上産んだ女性を厚労省で表彰することを検討してはどうか」と発言している。
旧ソ連ではかつて「独身・無子税」として、子供がいない夫婦や独身男性に賃金の6%が掛けられていたこともあるが、今の日本でも独身の貧困層が10万円の現金給付を受けられないという点では実質的な「独身税」が導入されていると言っていいだろう。
男性の貧困層を救済して2045年までに名目GDP1200兆円を目指そう
岸田政権が少子化対策として実施すべきなのは、子育て世帯に対する現金給付だけでなく男性の貧困層を救済することである。その理由として2021年11月24日に発表された民間給与実態統計調査の世代別年収が酷いことになっているからだ。
もともと男性の年収は1997年以降に減少していたのだが、2019年から2020年にかけての年齢階層別平均給与を見ると15~19歳が14.3万円、20~24歳が1.3万円、25~29歳が9.3万円、30~34歳が11.7万円、35~39歳が11.3万円、40~44歳が11.2万円、45~49歳が8.1万円、50~54歳が23.0万円、55~59歳が18.3万円も年収が減ってしまった。この間、食料を含めた総合物価指数はプラスマイナス0%と横ばいなので、政府が消費税廃止などの景気対策を実施しないことによる国民の貧困化は既に表れていると言えるだろう(表2を参照)。
また、日本はコロナ不況だけでなくデフレーションが長引いていることで世代間の収入格差までもが深刻になっている。例えば、バブル期以前の1980年に大卒で入社した1957年度生まれの男性と、1985年に大卒で入社した1962年度の男性は22歳から42歳までの20年間で年収が2.5~3.1倍も増加していた。この世代であればまだ「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という高度経済成長期の家族モデルを形成することができたかもしれない。
それに対し、バブル期以降の1990年に入社した1967年度生まれの男性、1995年に入社した1972年度生まれの男性、2000年に入社した1977年度生まれの男性は22歳から42歳までの20年間で年収が1.8~1.9倍程度しか増加していない。この世代に入ると運良く高収入になれた男性を除いて、夫の所得だけで妻子を養うことは非常に難しいだろう(図22を参照)。
更に、安倍政権の成果としてよく挙げられる雇用環境の改善についても失業率と就業者数の内訳を見ると非常に問題があるように思う。安倍元首相は2021年12月7日に行われた財政政策検討本部で「雇用を守り抜くことにおいて今失業率は2.8%。先進国の中でも、最もしっかりと守っているといえるだろう。今まで積極的な財政出動を行い、その成果でもある」と自画自賛した。つまり、安倍氏の頭の中では在任中に消費税率を2段階も引き上げたにも関わらず、自分は十分な財政出動を実施したことになっているようだ。
しかし、2020年の年代別失業率は65歳以上の女性が1.1%程度なのに対し、15~19歳の男性は5.7%にものぼっている。高齢女性と若年男性の失業率には5倍以上の差が存在するため、安倍政権が若者の雇用環境を大幅に改善させたとは言い難い。
2012~2020年の就業者数についても性別で見ると女性が310万人増加したのに対し、男性は87万人程度(女性の28.1%)の増加に留まっていて女性ほど雇用改善の恩恵を受けていないのだ。その上、男性の中でも2012~2020年にかけて65歳以上の就業者数は173万人増加しているのに対し、現役世代に当たる25~44歳の就業者数は合計で215万人も減少してしまった。
2012年以降の就業者数の増加は、女性や高齢者が働かざるを得なくなったことで成り立っていると言っていいだろう。
もし、岸田政権が本気で「令和の所得倍増」を目指すのであれば消費税を廃止し、インフレ率を調整しながら既婚者も未婚者も関係なく、国民に一律の現金給付を行って戦後100年に当たる2045年までに名目GDPが1200兆円(2021年の2.22倍)に達するよう目標を立てるべきである。
<参考資料>
藤井聡 『なぜ、日本人の9割は金持ちになれないのか』(ポプラ社、2021年)
森永康平 『MMTが日本を救う』(宝島社、2020年)
国民経済計算 2021年7-9月期2次速報値
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2021/qe213_2/gdemenuja.html
首相の「所得倍増」、萩生田経産相「令和には非現実的な部分も…」
https://www.asahi.com/articles/ASPB56GBBPB5ULFA00Q.html
山際大臣「所得倍増は所得が2倍になる意味でない」
https://news.tv-asahi.co.jp/news_economy/articles/000231964.html
「大人の所得で子ども分断すべきでない」公明・山口代表が一律10万円給付の意義強調
https://www.fnn.jp/articles/-/266691
「独身税の何が悪いのかわからない」に反論相次ぐ
https://news.nifty.com/article/economy/business/12117-16780/
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm
「財政破綻という神話」を打ち砕け!
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12714518319.html
労働力調査 長期時系列データ