国の借金とは、「政府の負債」である
テレビや新聞などの大手メディアが消費税増税を煽る際に、必ずと言っていいほど取り上げるのがこの「国の借金問題」である。財務省は、2015年6月末の時点で、国債や借入金、政府短期証券を合わせた「国の借金」の残高が、1057兆2235億円(国民1人当たり約833万円)になったと発表した。
「日本は借金大国だから財政再建のために、消費税を引き上げなければならない」という認識は残念ながら国民に広く蔓延していて、例えば私が大学に通っていた頃、ゼミの先生と消費税について議論をしたときも、私が増税に反対する意見を述べると、その先生から「でも、日本は国の借金が多いからねぇ…」とすぐ反論された。
しかし、この「国の借金」という言葉、よくよく考えてみると「誰が誰に借りたお金」なのかが全く分からない。その上、大手メディアが「借金を返すために消費税を上げるべき」と煽る一方で、1989年に消費税が施行され、1997年に3%から5%、2014年に5%から8%へ増税しても、「消費税を上げたおかげで借金が減りました」という報道は一度も聞いたことがない。
正確に言えば「国の借金」とは、「政府が国民から借りたお金(負債)」であって、私たち国民が背負っている借金ではないのだ。
そのため、国の借金は「国民一人当たり約833万円」ではなく、1057兆2235億円を国会議員717名(2016年3月現在)で割った「議員1人当たり約1兆4745億円」と説明したほうが正しいのではないだろうか。
また、日本は借金が多いどころか、政府が大量にお金を持っている。例えば、海外に持つ資産から負債を引いた「対外純資産」の残高は、2014年末の時点で366兆8560億円(前年比12.6%増加)にのぼり、1991年から24年連続で世界最大の債権国となった(図1を参照)。
更に、企業の内部留保も年々増加を続けていて、財務省が発表した2015年7~9月期の法人企業統計によれば、資本金10億円以上の大企業では301.6兆円も内部留保を溜め込んでいる。
内部留保がここまで増加した原因は、主に設備投資の減少、人件費の削減、法人税の減税であり、「法人税を引き下げれば設備投資が増える」という考え方が間違っていることがわかるだろう。その上、民間企業の平均給与は1997年の467万円から50万円近くも下落しているのである(図2を参照)。
大平内閣から続く「財政危機論」
そもそも、この「国の借金問題」は、大平内閣が財政再建のために一般消費税を導入しようとした時代から言われていた。
1979年8月22日の自民党研修会講演では、大平首相が「国債費を支払うために、さらに国債を増発するというようなことになりますと、財政インフレは必至です。今日、われわれの生活は、われわれの子孫に負担を残しながら生活しているようなものであります」と述べている。
また、1982年9月1日に大蔵省が国の借金である国債の償還(返済)に関する政策の転換を決定したところ、当時の朝日新聞が「政府財政、サラ金地獄へ」などの見出しで財政危機を煽った。
当時の鈴木首相も後に「国、地方を問わず、自治体の財政が破綻するのではないかとの不安が広がっている。このままでは私たちの孫子の世代に天文学的な負債、借金を背負わせることになる。未来に責任を持つ意味でこの問題を放置してはならない」と述べている。
このような「日本財政破綻論」はその後も続き、例えば吉田和男 著『平成不況10年史』(PHP研究所、1998年)の中では、「このまま、財政赤字を増やし続ければ、2015年頃には日本経済は破綻に向かうことになる」と言われていたくらいである。
しかし、2015年を過ぎても日本は財政破綻していない。
「日本は国の借金が増えても何故、財政破綻しないのか?」については、2010年5月に破綻したギリシャと比較しながら考えてみよう。ギリシャと日本の根本的な違いは、「発行する国債を自国民が引き受けているか、外国人が引き受けているか」にある。
ギリシャの場合、国債の75%を外国人が買っているが、日本の場合は95%を国民が買っている。つまり、国債の多くを外国人が保有しているギリシャは「将来の世代に負担をつけ回している」と言えるが、国債のほとんどを自国で処理している日本は、将来の世代が借金を負担する必要はない。
ただし、本当の問題はギリシャが外国からお金を借りていたことではなく、自国の公務員給与や年金の支払いに充ててしまったことだ。これには、公務員の割合が労働人口の25%を占めていて、政権交代の度に政治家が公務員を支持してきたという背景があるらしい。
外国からお金を借りたとしても、それを公共投資や社会基盤の整備に使えば、現在の国民はもちろん、将来の国民にとっても有益であるが、公務員や年金生活者が外国からの借金を受け取っただけでは、将来的な供給能力の拡大には全く役立たない。
実際に、日本は戦後の復興期に世界銀行から借りたお金で新幹線や高速道路を建設し、金利、元本共に一度も支払い延滞を起こさず、1990年に借金を完済している。
また、ギリシャの付加価値税は23%と日本より高く、2006年の18%から5%も増税しているのだ。
しかし、マスコミの多くは「日本をギリシャのようにしてはならない! だから消費税を上げろ!」と報道するばかりで、ギリシャが付加価値税を引き上げて破綻した事実については触れようとしない。「日本は財政危機で破綻する」という言説は、消費税を上げたい人々の口実に過ぎないと思っておいたほうが良いだろう。
<参考資料>
江田憲司 『財務省のマインドコントロール』(幻冬舎、2012年)
鈴木善幸・東根千万億 『等しからざるを憂える。 元首相鈴木善幸回顧録』(岩手日報社、2004年)
全労連・労働総研編 『2016年国民春闘白書・データブック』(学習の友社、2015年)
三橋貴明 『世界でいちばん!日本経済の実力』(海竜社、2011年)
「国の借金」6月末は1057兆円で過去最高 国民1人当たり833万円
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFL10HQ8_Q5A810C1000000/
対外純資産366兆円、3年連続で最高 14年末
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO87132860S5A520C1MM0000/
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-12-03/2015120301_02_1.html
日本の大企業は、この10年で100兆円ため込んでいる
http://wpb.shueisha.co.jp/2013/10/08/22375/
一九八〇年代の新しい選択(大平内閣総理大臣の講演)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/exdpm/19790822.S1J.html
バブル崩壊後の政府の負債と家計の資産 後編(1/3)