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消費税増税に反対するブログ

消費税の財源の8割以上が法人税減税に消えている!消費税10%への引き上げを中止しよう!(コメントは、異論や反論も大歓迎です)

消費税の歴史(~1970年代まで)

消費税の世界史

 消費税引き上げを批判する前に、日本で消費税が導入されるまでの経緯について詳しく述べたい。消費税は、もともと「大型間接税」や「付加価値税」と言われ、歴史を遡ると約2000年前のローマ帝国で、初代皇帝のアウグストゥスが全ての商人に対し、売上の1%の税金を課す「一〇〇分の一税」を導入したのが始まりだとされている。

 

 ローマ帝国の崩壊と共に、長らく大型間接税は姿を消していたが、20世紀に入りドイツ帝国が1916年に戦費調達を図って、税率0.1%の「売上税」を導入した。第一次世界大戦に敗れた後は、賠償金の支払いに充てるとして、1924年には2.5%へと大幅に引き上げられた。

 

 その後、ドイツ経済の安定化により、1926年にはいったん0.75%に引き下げられたが、ナチスが政権を取り、第二次世界大戦が始まると再び2.75%まで引き上げられ、敗戦後の西ドイツでは1946年に3.75%、51年には4%になった。税率は高くなくても、複利計算で累増していくため、実際の税負担率は2桁を超え、場合によっては20%になることもあった。

 

 また、フランスでも第二次世界大戦の復興に莫大な予算が必要となったため、1948年に売上税を導入し、1954年にはフランス財務省官僚のモーリス・ローレが、物品及びサービスの消費に対して課税し、各段階で生じる付加価値を課税標準として国庫に納付する「付加価値税」を考案した。これが日本でいう「消費税」に当たる。

 

 フランスでは、消費税が「基幹税(中核的な税)」に位置付けられているが、歴史的に見れば、消費税と戦費調達は密接な関係にあると言えるだろう。

 

明治から終戦までの税制

 近代以降の日本の税金を振り返ってみると、明治時代には「営業税」が創設されている。営業税は、江戸時代の「運上(うんじょう)」「冥加(みょうが)」など商工業者に課税されていた諸雑税が、地租改正の過程で大幅に整理され、1878年地方税として始まった。

 その後、1896年に日清戦争後の財政需要を賄うため、営業税は地方税から国税に格上げされる。

 

 この点では、日本もドイツやフランスと同様に税金が戦費調達の目的になっていたと言えるだろう。しかし、納税義務を課された事業者の抵抗が強く、大正末期の1926年に営業税は廃止され、新たに営業純益課税標準とする営業収益税へ変わった。

 

 昭和に入ると、地方財政の困窮や都市・農村間における税の不均衡が問題となり、1940年には法人税所得税から独立すると共に、所得税の分類が整理されるなど国税地方税を通した税制改革が行われ、営業収益税は廃止された。その際、国税地方税を統合した新たな営業税が創設され、地方の独立財源を確保する「地方分与税」の還付金になった。

 

 そして、戦後の1947年に営業税は再び国税から地方税へ移り、1948年には地方税法が全面改正され、営業税は「事業税」となるのである。

 

シャウプ勧告から「一般消費税」構想まで

 1949年、アメリカの経済学者であるカール・シャウプ氏が税制使節団長として来日した。シャウプ氏は、GHQを通して「負担の公平」を目指し、所得税中心の租税体系を主張した「シャウプ勧告」をまとめている。

 

 GHQは、戦前の日本で歪んだ軍国主義が台頭したのは、格差社会の不満を軍部が吸収していたからと考えたため、貧富の差の解消に努めたとされている。戦後の税制はこの「シャウプ勧告」の影響が大きいが、その後日本は「欧米に追いつけ、追い越せ」の精神で、東洋の奇跡と呼ばれるほど急速な経済成長を遂げた。

 この時期は、池田内閣の「所得倍増計画」(1960年)など、成長を優先させる経済政策が多かったのも特徴である。

 

 しかし、1970年代に入って高度成長が落ち着くと、今度は時の首相が財政再建を唱えるようになる。

 『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、1972年)を発表した田中内閣は当初、日本全国に新幹線や高速道路を建設して、都市と農村、表日本と裏日本の格差をなくすことを宣言していたが、1973年に狂乱物価やオイルショックが発生すると、列島改造の拡大路線から総需要抑制の緊縮路線へと変更を余儀なくされる。

 1974年は戦後初めてとなるマイナス成長を経験し、1975年には10年ぶりの財政特例法案で2兆2900億円の赤字国債が発行された。

 

 その一方で、1977年5月に行われたロンドン・サミットでは、世界経済がオイルショックの不況から回復するために、成長余力のある日本と西ドイツが景気のけん引役とされ、再び国債増発による公共事業の拡大を図った。

 これに合わせて、政府の税制調査会は同年10月の答申で「広く一般的に、消費支出に負担を求める新税の導入」を促し、1978年の答申でも「一般消費税」を提案した。

 

 そして、日本で初めて「一般消費税」の導入を公約に掲げたのが、1978年12月に発足した大平内閣である。大平は自身がクリスチャンだったこともあり、「十字架を背負って、財政再建に取り組む」と決意した。

 ところが、「一般消費税」構想は与党内からも反対論が噴出し、1979年10月の解散総選挙自民党議席を減らす。また、衆院選の直前には、日本鉄道建設公団のカラ出張問題など政府機関の大規模な不正が明らかになり、大平内閣は「一般消費税」の導入を断念せざるを得なくなった。

 

 こうして選挙で挫折するなか、大平は「昭和59年(1984年)度に赤字国債から脱却する」と目標を掲げ、財政再建増税に頼らず行政改革で行うべきだとする「財政再建に関する決議」を1979年末の国会で採択した。

 1980年5月には、社会党提出の内閣不信任案が与党内の反主流派によって可決され、わずか8ヵ月で再び衆議院を解散したが、選挙期間中に心筋梗塞で入院していた大平が急死するという不測の事態が起こった。

 キリスト教徒だった大平は「一般消費税で倒れた十字架首相」と呼ばれている。

 

 

<参考資料>

 小此木潔 『消費税をどうするか 再分配と負担の視点から』(岩波書店、2009年)

 熊谷亮丸 『消費税が日本を救う』(日本経済新聞出版社、2012年)

 国税庁税務大学校税務情報センター租税史料室 『営業税関係史料集』(税務大学校税務情報センター租税史料室、2013年)

 斎藤貴男 『消費税のカラクリ』(講談社、2010年)

 塩田潮 『内閣総理大臣の日本経済』(日本経済新聞出版社、2015年)

 森永卓郎大貧民 2015年日本経済大破局』(アーク出版、2012年)

 

 1.運上・冥加の時代|平成17年度特別展示|税務大学校|国税庁

 4.営業税、地方財源となる|租税史料特別展示|税務大学校|国税庁