今と比較すれば言論の自由が保障されていた小泉純一郎政権の時代
岸田首相は2024年8月14日に総理大臣官邸で記者会見を開き、9月27日に実施が予定されている自民党総裁選について「自民党が変わることを国民の前にしっかりと示すことが必要だ。変わることを示す最もわかりやすい最初の一歩は私が身を引くことだ。来たる総裁選には出馬しない」と述べ、立候補しない意向を表明した。これによって、新総裁が選出された後に岸田首相は退任することになる。
朝日新聞社が8月24~25日に実施した全国世論調査で次の自民党総裁に誰が相応しいと思うかについて質問したところ、小泉進次郎氏と石破茂氏が21%と並んでトップとなり、続いて高市早苗氏が8%だった。特に年代別の支持動向を見ると小泉氏は18~29歳が31%、30代が21%、40代が22%、50代が15%、60代が22%、70歳以上が19%と若年層の支持が目立った(図23を参照)。
18~29歳が小泉氏を支持するのは若くて有名だからという理由なのだろうが、30~40代が支持する理由は父親の小泉純一郎政権の時代(2001~2006年)に子供から若者だった世代だという影響も大きいだろう。

例えば、15~19歳の若年失業率は1979年の4.8%から小泉政権が発足した翌年の2002年の12.8%まで悪化していたのに対し、人口比で見た20歳未満の自殺率は1979年の10万人当たり2.57人から2002年の1.98人までやや減少していた。また、2002年は全自殺者に占める20歳未満の割合が1.56%と戦後最少だった年であり、若年失業率が戦後最悪だったにも関わらず若者の自殺が少なかったのだ。
しかし、その後は若年失業率が2023年の2.6%まで改善した一方で、20歳未満の自殺率は2023年の10万人当たり4.12人まで増加してしまった(図24を参照)。一般的に失業率と自殺率は相関関係にあると言われているが、20歳未満ではそうなっていないようだ。小泉政権では「荒れる成人式」が問題になったが、今となっては若者が好き勝手に暴れていた時代のほうが余裕はあったと言えるのではないだろうか。

更に、小泉政権を象徴する教育政策の一つに「心のノート」がある。心のノートとは、文科省が2002年4月から全国の小中学校で無料配布されていた道徳の副教材である。心のノートの作成・配布には1997年の神戸連続児童殺傷事件や1998年の栃木女性教師刺殺事件などの社会を揺るがすような少年犯罪が相次いで発生し、「心の教育」の必要性が強調されるようになってきたことが背景にある。ただ、『2024年の東京都知事選挙における田母神俊雄氏の立候補で知りたい戸塚ヨットスクール事件』の記事でも述べた通り、未成年による殺人事件は1960年代から一貫して減少している。
心のノートについて児童・生徒が主体となる道徳教育が展開できるとの評価がある一方で、「いい子」であることを求めネガティブなものを排除する傾向があると批判されてきた。しかし、私は1991年生まれで小学5~6年生のときに心のノートが配布された世代だが、内容について自己の理解を深め他人への思いやりを持ち、社会に対して強い関心を持つためにどうすればいいのか児童生徒それぞれの意見を述べる、いわば自由帳のような副教材だったと感じた。
その一方で、私は道徳教育と政治教育は並行して実施する必要があると考えているが、2002~2003年当時の小学校では直接的ではなくても子供たちに政治に関心を持ってもらう教育が行われていたように思う。
例えば「朝の会」ではその日の日直が最近気になるニュースを紹介する取り組みが行われていたし、社会のテストでは「若者の選挙投票率が下がっていることについてどう思いますか?」という自由記述形式の問題があった。成績が良くて反抗期真っ盛りの小学5年生だった私はその問題で「大人が選挙に行くのは当然だ」「むしろ選挙で投票するのを義務化すべき」と辛辣なことを書いたが、先生に注意されることはなかった。
2002年には小泉首相が北朝鮮の平壌を訪問して拉致被害者のうち5名が日本に帰国を果たしたが、当時の学習塾の先生が授業時間を削って拉致問題について解説してくれたのがとても印象的だった。小学6年生になった2003年には、学校に戦争経験者を招いて特別授業をしてくれたことも覚えている。小泉政権の時代は経済が最悪だったと言われているが、今と比較すればまだ民主主義や言論の自由が保障されていた側面もあるのではないだろうか。
その後も中高生だった2005~2009年にかけて2ちゃんねるやYahoo!知恵袋で当時の自民党政権を批判する書き込みをよくしていたし、東日本大震災が発生した2011年でも大学の英語の授業で民主党の野田政権を批判するスピーチを行っていた。
しかし、第二次安倍政権の2013年になって就職対策講座の自己PRで「東京都内で定期的に行われている消費税増税の反対デモに参加している」と書いたら、『就職に関わる書類でデモの参加を書くことは適切ではない』との添削が返ってきたことがあった。私はそれが納得いかなくて大学の教授に話すと、「心理学の学生が政治に関心を持つ必要はない」「君の身に危険が及ぶからやめなさい」と言われてしまった。今振り返ると就職対策講座の担当者や大学の教授は私が政治活動をしていることではなくて、消費税増税に反対していることが気に入らなかったのだろうと思うのが正直なところである。
小泉政権の小学生時代より第二次安倍政権の大学時代のほうが日本社会は全体主義化していたのが皮肉な話だ。
悪夢の安倍政権を引き継ぐ高市早苗氏こそ警戒しなければならない
2024年9月9日、高市早苗氏が自民党総裁選に立候補することを表明し、総合的な国力の強化が必要だとした上で「経済成長をどこまでも追い求め、日本をもう一度世界のてっぺんに押し上げたい」と述べた。正直に言って、私は小泉進次郎氏だけでなく高市氏が次の首相になる可能性もそれなりに高いのではないかと思っている。
例えば、週刊文春では「総裁になってほしい人」というテーマでネット上でのアンケートを実施し、メールやSNSで告知を行い9月2日までに計2452票が集まった。結果は1位が石破茂氏の858票、2位が高市氏の635票、3位が小泉氏の233票だった。特に高市氏に投票した人は自民党の熱烈な支持者が多く、直近の2年間に党費の滞納がない自民党員のみが投票できる総裁選において高市氏の支持者は見過ごせないだろう。
また、前述の朝日新聞社の世論調査で高市氏の年代別支持率は18~29歳が6%、30代が11%、40代が7%、50代が13%、60代が5%、70歳以上が5%だった。この他にも、高市氏は男性の支持率が女性の倍以上も多いのが特徴的である。50代男性が小泉進次郎氏を批判して高市氏を支持しているのは、1990年代のバブル崩壊や2000年代の小泉構造改革に最も傷つけられた世代だという影響が大きいのかもしれない。
1997~2022年にかけての男性の年代別平均年収は15~19歳がマイナス47.5万円、20~24歳がマイナス15.1万円、25~29歳がプラス7.3万円、30~34歳がマイナス28.0万円、35~39歳がマイナス40.3万円、40~44歳がマイナス43.1万円、45~49歳がマイナス51.8万円、50~54歳がマイナス53.1万円と、55~59歳がマイナス0.3万円と、25年間で最も収入の減少が大きかったのは50代前半だった(表1を参照)。
更に、2019~2022年にかけての男性の年代別平均年収は15~19歳と50~54歳のみが3年間でマイナスだった。50代前半の父親と10代後半の息子がいる世帯のケースが消費税10%増税や新型コロナウイルスの感染拡大によって、最も所得を減らしたと言うことができるかもしれない。

だが、仮に高市早苗氏が「女性初の総理大臣」になった場合は小泉構造改革に傷つけられた中高年の貧困男性を自己責任で見捨ててくる可能性が高いだろう。
高市氏は2012年に安倍元首相が会長を務めていた新自由主義的な政策提言を行う議員連盟『創生「日本」』の研修会で、「さもしい顔して貰えるものは貰おう。弱者のフリをして少しでも得しよう。そんな国民ばかりでは日本国は滅びてしまいます」と発言していたことが問題になった。2021年の自民党総裁選ではフリーアナウンサーの膳場貴子氏が高市氏の発言について質問したところ、「おそらくその発言は民主党政権(2009~2012年)の期間中に生活保護の不正受給が非常に多く、その問題にどう取り組むかという議論をしていたときの流れの発言」「現在もコロナで傷んでいる事業者支援の不正受給があるが、あの頃いろんな方法で生活保護の不正受給をする人がいた」と言い訳している。
しかし、生活保護の不正受給件数は1997年の3717件から2020年の3万2090件まで増加しているものの、1件当たりの不正受給金額は1997年の78.5万円から2020年の39.4万円まで減少している(図25を参照)。
不正受給件数が増加して1件当たりの不正受給金額が減っているということは、福祉事務所が取り締まりを強化して1990年代であれば不正受給に該当しなかったケースまで不正受給扱いされている可能性が高いだろう。高市氏の発言とは違って、悪質な不正受給は民主党政権よりはるかに前の1990年代のほうが多かったのだ。
また、2020年のデータで不正受給の理由は「稼働収入の無申告」が49.5%、「稼働収入の過小申告」が11.1%となっており、不正受給にカウントされた生活保護利用者のうち60.6%が働いているのだ。利用者を強制労働に駆り出したり、食料などの現物支給に変えたりしなくてもケースワーカーが利用者の所得を把握すれば不正受給件数は減らせるだろう。

更に、高市早苗氏の特徴は安倍元首相に対して異常なほどまでに傾倒していることである。支持者の間でも「安倍氏の正統後継者」「遺志を引き継いでいる」との声が根強い。
しかし、安倍元首相の問題は消費税10%増税や外国人労働者の大量受け入れだけでなく、2018年以降に道徳の授業を教科化して若者の自殺を増加させてしまったことも大きいだろう。今の道徳教科書には、「星野君の二塁打」のような集団の中での規律は重要だという教訓から監督の命令に従うことが大事だという話に発展しやすい物語が掲載され、それに成績をつけることによって何が何でも上司や政府の指示には従わなければならないという結論に誘導している。道徳の教科化は私が小学生時代に受けた「心のノート」よりもはるかに偏向した内容だと言えるだろう。
最近ではYouTubeの自民党に批判的なチャンネルでさえも小泉進次郎氏に対する批判の一点張りだが、正直に言って私はこうした状況に強い危機感を覚えている。小泉氏は総裁選の時点で「解雇規制の緩和」が党内外から批判されており、仮に首相になっても1年以内の短命政権で終わるだろう。その一方で、高市氏が首相になった場合はマスコミも「女性初の総理大臣」と持てはやすだろうし、長期政権になって消費税を15~20%まで引き上げる話が出てくるかもしれない。
自民党に批判的な保守層であれば、若者の自殺を増加させてしまった「悪夢の安倍政権」を引き継ぐ高市早苗氏こそ警戒しなければならないのだ。
<参考資料>
今野晴貴 『生活保護 知られざる恐怖の現場』(筑摩書房、2013年)
山口二郎 『民主主義は終わるのか 瀬戸際に立つ日本』(岩波書店、2019年)
【詳報】岸田首相会見 自民総裁選に不出馬を表明 首相退任へ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240814/k10014548611000.html
次の自民党総裁に世論調査で「ふさわしい」上位の6人を分析すると
https://www.asahi.com/articles/ASS8Y0RVQS8YUZPS009M.html
労働力調査 長期時系列データ
https://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html
人口推計 長期時系列データ
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200524&tstat=000000090001
令和5年中における自殺の状況
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R06/R5jisatsunojoukyou.pdf
心のノート(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88
高市氏 総裁選 立候補表明「日本をもう一度世界のてっぺんに」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240909/k10014576891000.html
小泉進次郎はまさかの3位…では1位は? 自民党総裁「なってほしい人」2400名アンケート結果発表
https://bunshun.jp/articles/-/73341
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm
消費者物価指数(CPI) 時系列データ
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200573&tstat=000001150147
https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_11994/
生活保護制度の現状について