消費税増税に賛成する頭の中がバブル景気の時代で止まった石破首相
2024年10月1日に召集された臨時国会で、自民党の石破茂氏が第102代の総理大臣に指名された。石破政権について最も懸念されるのはやはり消費税増税に賛成していることだろう。
石破氏は2018年に出版した著書『政策至上主義』の中で、「私が2期目を目指した1990年の総選挙における最大の争点は消費税の是非でした。この前年、土井たか子さんをリーダーとする社会党が躍進し、自民党は参議院選挙で惨敗しています。このため、続く総選挙でも多くの候補者は消費税廃止を訴えていました。自民党は消費税を導入した立場であったものの、それを前面に出すと良くないと考える候補者が多かったようです。しかし私は、これから増大する福祉需要のために消費税は必要だと考えていました。後援会幹部の人たちに反対されても、その立場を貫き続けました。しかし、結局この選挙で私はトップ当選を果たします。選挙戦の最中から『あなただけがなぜ消費税が必要なのかを正面から訴えている』という激励の声をいただいていました」と述べている。
だが、この発言は1990年当時と現在の経済状況の違いを全く勘案していないように感じられた。1990年はまだバブル景気が続いていた時代であり、当時は消費税について「法の下の平等(憲法14条)に反する税金」という反対意見はあっても「景気を悪化させる税金」という反対意見はほとんど見られない。実際に、1990年は物価上昇の影響を除いた実質GDP成長率が4.8%、国民の個人消費を表した家計最終消費支出(帰属家賃を除く)が5.0%にものぼっていたのに対し、2023年は実質GDP成長率が1.7%、家計最終消費支出が0.7%程度である。その一方で、食料の消費者物価指数は1990年が4.0%なのに対し、2023年が8.1%まで倍近くも上昇している(図26を参照)。
私は日本の経済状況はデフレよりインフレのほうが望ましいと思っているが、生活必需品の価格を引き下げて国民の多くに景気回復を実感させるためには消費税廃止を実施することが必要なのだ。しかし、石破氏は1990年の衆院選で消費税賛成を掲げて当選したから今も考え方が変わらないというなら、それは頭の中がバブル景気の時代で止まっていると言わざるを得ないだろう。

また、石破氏の弱点は若者の支持率が低いという点である。朝日新聞社が8月24~25日に実施した全国世論調査で石破氏の年代別支持率は18~29歳が7%、30代が11%、40代が22%、50代が23%、60代が33%、70歳以上が26%だった。特に、初めて選挙権を得た年齢である18歳に関しては、2024年7月の東京都知事選で蓮舫氏に投票した割合の9.1%よりも少ない(図27を参照)。
蓮舫氏は9月23日に立憲民主党の新代表に選出された野田佳彦元首相の後輩であるため、次の衆院選で立憲民主党にどれだけの票が集まるかについては東京都知事選における蓮舫氏の投票率が一つの参考になるのだ。マスコミは東京都知事選で「蓮舫氏は若者に支持されなかった」と報道していたが、実際に18歳で蓮舫氏に投票した人はそれなりに多く、次の衆院選では10~20代の無党派層がこぞって立憲民主党や日本維新の会などの野党に投票する可能性も十分に考えられるだろう。

「高市政権誕生」を阻止するためにはメンズリブを提唱していく必要がある
その一方で、今後は9月27日の自民党総裁選で2位となった高市早苗氏とその支持者の動向にも警戒すべきである。
高市氏は2012年に安倍元首相が会長を務めていた新自由主義的な政策提言を行う議員連盟『創生「日本」』の研修会で、「さもしい顔して貰えるものは貰おう。弱者のフリをして少しでも得しよう。そんな国民ばかりでは日本国は滅びてしまいます」と発言していたことが問題になった。私は高市氏が言う「さもしい顔をした国民」とは自民党に批判的で、社会保障の充実を求める層のことを指す言葉ではないかと思っている。
例えば、リーマンショックが発生した2008年に派遣労働者を中心とした解雇が相次ぎ、東京都千代田区の日比谷公園に「年越し派遣村」が出現した。貧困問題を取材するノンフィクションライターの飯島裕子氏によれば、派遣村に来ている人の大半は男性であり女性は数人しかいなかったという。その後も東京都内で行われる炊き出しなどに出かけて若者ホームレスの取材を続けたが、全員が男性という結果になった。それに対して、当時の総務省政務官が派遣村について「本当に真面目に働こうとしている人たちが集まっているのか」と発言したことが賛否両論にもなった。
しかし、リーマンショックの時代に男性の貧困が拡大していたというのは国税庁のデータを見ても明らかである。消費税を5%に増税した1997年からリーマンショック翌年だった2009年にかけての男性の年代別平均年収は15~19歳がマイナス36.3万円、20~24歳がマイナス50.2万円、25~29歳がマイナス57.7万円、30~34歳がマイナス85.9万円、35~39歳がマイナス92.3万円、40~44歳がマイナス65.9万円、45~49歳がマイナス74.6万円、50~54歳がマイナス107.5万円、55~59歳がマイナス107.2万円だった(表2を参照)。経済学の世界では年率1万3000%を超える激しい物価上昇のことを「ハイパーインフレ」と言うが、それとは逆に1997~2009年の日本経済は歴史上類を見ない給与の下落が発生していたという意味で「ハイパーデフレの時代」だと言えるのではないだろうか。
私は当時6歳から18歳までだったが、1997年は両親の収入が非常に良かったのに2009年は同世代でも高卒で就職する人がほとんどいなかったくらい不況が深刻だったことを覚えている。更に、1997~2009年は名曲が多いのにCDが急速に売れなくなって音楽業界が縮小していった時代でもある。

また、年収200万円以下で働く貧困層も女性は1997年の627.7万人から2023年の757.6万人まで1.21倍増加となっているのに対し、男性は1997年の186.4万人から2023年の278.7万人まで1.50倍増加となっている(図28を参照)。高度経済成長期からバブル景気にかけて貧困は女性の問題とされていたが、1990年代以降は男性の間にも貧困が拡大しているのだ。特に表2を見ると15~19歳男性の2023年の平均年収は132.8万円とリーマンショック翌年だった2009年の148.1万円より15.3万円も低い。2010年代以降に未成年の自殺者数が増加してしまったのは道徳の教科化に加えて、若者の貧困がリーマンショックの時代よりも深刻になっていることが背景に存在するのかもしれない。
高市氏は女性政治家の立場として、こうした生活に苦しむ男性の貧困層を「さもしい顔をした国民」扱いしているわけだ。石破政権が辞任した後に高市氏が首相になることを阻止するためには、メンズリブ(男性解放運動)を提唱していく必要があるだろう。

高市氏の支持者には最近の若者に強い偏見を抱いている者が含まれている
更に、石破政権が誕生して高市早苗氏の支持者たちは強いショック状態になっている。総裁選を自民党が独自で配信している生放送で見ていた作家の古谷経衡氏は「コメント欄のほとんどは高市総裁待望で埋め尽くされる以上に、その内容は異様とも呼べる状態であった」と述べている。
高市氏の熱狂的な支持者たちは一体どのような政治思想を持っているのだろうか。その参考になるのが小熊英二氏と上野陽子氏が2003年に出版した『癒しのナショナリズム 草の根保守運動の実証研究』という少し古い一冊である。本書は東京大学教育学部教授の藤岡信勝氏が営んでいた「自由主義史観研究会」を一つの前身として1997年に結成された「新しい歴史教科書をつくる会」を分析しようと試みたものでアンケート調査は2001年に実施された。アンケートの有効回答は29名(男性21名、女性8名、平均年齢39.8歳)で、参加者のほとんどが産経新聞を愛読しており親米反中の傾向が見られた。
好きな政治家には石原慎太郎氏が7名、西村眞悟氏が6名と核武装を推進する人物が名を連ねて、その他には李登輝氏、平沢勝栄氏、小沢一郎氏、高市早苗氏、小泉純一郎氏、古賀俊昭氏などが挙げられている。当時の高市氏は40歳の若手女性議員であり、この中で名前が挙げられたのは異例のことであった。
また、参加者に最近の若者についてどう思うか質問したところ、「精神、規律の崩壊は大変深刻」(44歳男性、1957年生まれ)、「根無し草、親の教育からやらないと問題解決しないかも」(53歳男性、1948年生まれ)、「躾ができていない人が多い」(59歳男性、1942年生まれ)、「自由をはきちがえ、恥知らずな行為も平気」(60歳女性、1941年生まれ)など中高年層を中心に否定的な意見が多く見受けられた。
しかし、法務省と警察庁のデータによれば、未成年の検挙人数は2001年の15万8721人から2022年の2万912人(少年人口比では10万人当たり1155.8人から193.3人)まで約0.16倍に減少しているのに対し、未成年の自殺者数は2001年の586人から2022年の798人(少年人口比では10万人当たり2.29人から3.99人)まで約1.74倍も増加している(図29を参照)。2000年代以降に少年犯罪が減少する一方で15~19歳男性の貧困が拡大しているにも関わらず、マスコミや自称保守派が若者バッシングを煽り続けて文科省が2018年から道徳教科化を始めた結果として未成年の自殺者数が増加してしまったのだ。
残念ながら高市氏の支持者には自分が高度経済成長期からバブル景気の時代に青春を過ごしたにも関わらず戦後民主主義に批判的で、最近の若者に強い偏見を抱いている者が一部に含まれていると言わざるを得ないだろう。

そもそも、自民党総裁選の決選投票で石破氏が高市氏に勝利したのは岸田政権でインフレが進行したことも背景に存在するだろう。消費者物価指数の中で最も重要なコアコアCPI(食料とエネルギーを除く総合物価指数)は岸田政権に入ってから上昇しており、2023年12月には対前年比プラス2.8%になっていた。安倍政権では消費税増税の影響を除くとコアコアCPIのピークは2015年11月の対前年比プラス0.9%だったので、日銀が定めている年率2%のインフレ目標は安倍政権ではなく岸田政権で達成されたことになる(図30を参照)。
適度なインフレを継続させることにより経済の安定成長を図ることができると考えているリフレ派は岸田政権を評価していないとおかしな話だし、逆に自民党に批判的な評論家がインフレを否定するのも矛盾していると言える。1990年代以降に日本の政治状況が劣化したのは明らかに給与が下落するデフレが原因だからである。
国民の多くに景気回復を実感させて若者の自殺を減らすために石破政権に求められるのは消費税廃止や年率2%のインフレ目標の継続、道徳教科化の中止ということになるだろう。

<参考資料>
北野弘久・湖東京至 『消費税革命 ゼロパーセントへの提言』(こうち書房、1994年)
伊藤周平 『消費税が社会保障を破壊する』(角川書店、2016年)
飯島裕子 『ルポ 貧困女子』(岩波書店、2016年)
宮本太郎 『生活保障 排除しない社会へ』(岩波書店、2009年)
石破総理大臣が誕生 新内閣発足へ 閣僚名簿読み上げ
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1460966
国民経済計算 2024年4-6月期2次速報値
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2024/qe242_2/gdemenuja.html
次の自民党総裁に世論調査で「ふさわしい」上位の6人を分析すると
https://www.asahi.com/articles/ASS8Y0RVQS8YUZPS009M.html
年代別投票行動調査結果(東京都選挙管理委員会)
https://www.senkyo.metro.tokyo.lg.jp/election/nendaibetuchousa-csv/
https://www.excite.co.jp/news/article/Litera_litera_11994/
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm
消費者物価指数(CPI) 時系列データ
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200573&tstat=000001150147
石破新政権誕生にショックを受ける高市早苗応援団の「懲りない面々」
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/361353
令和5年版 犯罪白書
https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/70/nfm/mokuji.html
令和5年中における自殺の状況
https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/R06/R5jisatsunojoukyou.pdf
人口推計 長期時系列データ
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00200524&tstat=000000090001