※この記事は2020年10月23日に更新されました。
公務員バッシングを煽って大阪を停滞させた維新の会
大阪市選挙管理委員会は9月7日、大阪都構想の是非を問う住民投票について11月1日の投開票とする日程を決めた。しかし、住民投票で賛成票が反対票を上回ったとしても大阪府が大阪都になるわけではなく、政令指定都市である大阪市が4つの特別区に分割され大阪市民は自治も権限も失うことになる。そのため、大阪都構想選挙ではなく「大阪市廃止選挙」と表現したほうが適切ではないかと思っている。
また、大阪維新の会は2015年の住民投票で「今回が大阪の問題を解決する最後のチャンスです。二度目の住民投票の予定はありません」と発言していた。元内閣官房参与の藤井聡氏は「今回の住民投票はその構想の中身についての議論を経て決定されたのではなく、ただ単に維新と公明党が自分たちの党勢の維持と拡大のための党利党略上の都合だけで決定してしまった」と述べている。仮に今回の住民投票で再び否決されても維新は三度目、四度目の住民投票を繰り返してくるだろう。
私が疑問に思っているのは大阪市廃止を推進する日本維新の会の政治姿勢である。一言でまとめると、彼らは経済成長して分厚い中間層を生み出してきた戦後日本に対する激しい憎悪が存在するように感じられる。維新の会代表を務めた橋下徹氏は大阪府知事時代の2010年7月6日に「市役所は税金をむさぼり食うシロアリ。即刻解体しないとえらいことになる」と発言したが、たとえ市役所に問題があろうともそれを真摯に解決しようと努力するのではなく、府民を煽動するために市役所をシロアリに仕立て上げるのは非常に問題だろう。
公務員・公的部門職員の人件費(対GDP比、2014年)は高負担・高負担のデンマークで16.6%、フィンランドで14.2%、小さな政府を志向するアメリカで9.9%、イギリスで9.4%なのに対し、日本は6.0%とOECD加盟国の中でも最低である(図80を参照)。特にリーマンショックや新型コロナウイルスのようなデフレ不況のときはむしろ安定雇用として公務員数を増やす必要があり、民間企業の年収が下がっていることを利用して公務員へのバッシングを煽るのは国民を貧困化させたいのかと思ってしまう。
日本維新の会には「自民党ネットサポーターズクラブ」のような組織は存在しないが、2000年代以降に台頭してきたB層に向けて積極的な支持を呼び掛けているのが特徴的だ。B層とは自民党が2005年に規定した「具体的なことはよくわからないが、小泉純一郎のキャラクターを支持する層」であり、同年の郵政選挙ではこのB層に向けて「改革なくして成長なし」「聖域なき構造改革」といったワンフレーズ・ポリティクスが集中的にぶつけられた。その点、「日本が不況から抜け出せないのは改革が足りないからだ」と思っている日本維新の会は完全に小泉政権の亜流で、支持者を見ていても自分と異なる意見を受け入れたくない人が多いように感じられる。
例えば前回、2015年の住民投票では維新が公権力を利用し、大阪市廃止に反対する藤井聡氏をテレビに出演させないよう圧力をかけるのと同時に、熱烈な支持者たちがネット上で藤井氏に対する個人攻撃を行った。維新支持者による誹謗中傷を観察していた経済評論家の三橋貴明氏は「まさにナチス・ドイツの突撃隊そのものにしか見えなかった」という。
私も2011年にYahoo!知恵袋で「教員の長時間労働が問題になっているのに公務員の給料が引き下げられるのはおかしくないですか?」と質問したら、橋下徹氏の熱烈な支持者だと思われる回答者から「民間企業は給与も上がらずサービス残業が当たり前なんだから、週休2日でボーナスも貰える公務員は有り難く思え」と反論された。サービス残業は明らかに労働基準法違反なので会社に抗議すべきだろうが、それを公務員バッシングにすり替えるのは理解に苦しむところだ。
90年代後半以降にデフレ不況が長引いて民間企業の年収が下がっていることについて、政府の緊縮財政を批判することなく公務員のせいにすると維新支持者になってしまうようである。
2019年の統一地方選挙で大阪維新の会は「大阪の成長を止めるな」というキャッチコピーを宣伝して議席を増やした。しかし、維新府政のもとで大阪が経済成長しているというのは本当だろうか?県民経済計算を見ると2006~2016年度における主要都市の県内実質GDPは10年間で東京都が103.9%、兵庫県が102.6%、愛知県が100.6%増加したが、大阪府は98.6%へとやや縮小してしまった(図81を参照)。
また、一人当たりの雇用者報酬に関しても2006~2016年度の10年間で東京都が95.5%、兵庫県が94.8%、愛知県が99.2%と全体的に下落しているが、大阪府は94.0%と特に落ち込みが著しいことがわかる。雇用者報酬とは、公務員や民間企業などに勤務する従業員、役員などのあらゆる生産活動により発生した付加価値のうち、その活動を提供した人(雇用者)に対して報酬の総額を表したものである。大阪の経済が停滞しているのは維新の「身を切る改革」で中小企業や製造業への支援策が大幅にカットされ、大阪の製造業の工場が他県や海外に移転した影響が指摘されている。
大阪府の中小企業振興予算(制度融資預託金を除く)は2007年度の946.2億円から2017年度の78.1億円まで10年間で92%も削減されてしまった。もし、維新が大阪市廃止に向けてキャッチコピーを掲げるなら、「大阪の成長を止めるな」ではなく「大阪の低成長を止めろ」と言うべきではないだろうか。ちなみに、ツイッターなどでは「維新のおかげで地下鉄のトイレが綺麗になった」という書き込みが見られるが、それは大阪市を廃止して財源を大阪府に吸い上げるための選挙対策なのが現実である。
大阪市廃止の住民投票についてツイッターで賛成派の主張を見ていたが、どうも日本維新の会の熱烈な支持者と大阪市廃止の賛成派がほぼ一体化しているように感じられた。例えば、ツイッターなどで「吉村知事のコロナ対応は良かったけど大阪市廃止には反対」とか「維新の政策には賛成できないけど大阪都構想は良いと思う」といった書き込みをほとんど見かけない。また、大阪市廃止の賛成派は必ずと言っていいほど「維新が行政改革を行って、都構想が実現したら大阪が東京みたいに豊かになる」というイメージを振りまいている。今回の住民投票で賛成票が反対票を上回ったら、大阪市が廃止される事実をどうしても隠したいようだ。
大阪市の廃止について特に賛成派の書き込みが集まっているのはYahoo!ニュースのコメント欄(以下、ヤフコメ)である。例えば、ヤフコメでは「立憲民主党の枝野幸男やれいわ新選組の山本太郎が反対しているから私は都構想に賛成」という書き込みが見られる。ヤフコメは2013年に問題となった特定秘密保護法でも「民主党や社民党が反対しているから私は賛成」という意見が多数だった。ヤフコメで「〇〇が反対しているから賛成」という書き込みが溢れるのは、彼らが都構想の中身について表面的な理解しかしていないからだろう。
私は2010年頃からヤフコメを見ているが、彼らに共通しているのは戦後の一億総中流社会が嫌いで新自由主義や緊縮財政を信奉している姿勢だ。彼らが大阪市廃止に賛成するのも、公務員バッシングを煽って歳出削減を進める日本維新の会にシンパシーを感じているからではないだろうか。
更に、私の予想通りヤフコメでは大阪市廃止の反対派に対して左翼扱いする書き込みが見られた。これはまるで1950年代に正力松太郎が米国との合作で実施した原子力平和利用キャンペーンで、原発の危険を訴える人間に「左翼」「共産主義者」というレッテルを貼って徹底的に社会から排除したことに通じるものがある。菅政権や維新の熱烈な支持者は大阪市廃止に限らず新自由主義に反対する者をすぐ左翼扱いするが、正力松太郎が原発を推進する際に行ったプロパガンダが2020年現在でも繰り返されていると言えるかもしれない。
この他にも、ヤフコメでは「大阪都構想に反対しているのは既得権益者だ!」といった書き込みも多い。しかし、大阪市以外に住んでいる人には是非とも考えてほしいのだが、もし自分の住んでいる市や町が廃止されて財源が県に奪われるかどうかの住民投票が強行されて、それに反対する意見が既得権益者扱いされたら貴方は怒らないだろうか。私は既得権益という言葉そのものが自分と立場の違う者に対して、ネガティブキャンペーンを行うためのレッテル貼りに使われているように思う。
また、今回の大阪市廃止の住民投票でヤフコメだけでなくマスコミも反対派に対して悪質なレッテル貼りを行っているようだ。例えば、10月7日放送の読売テレビ『かんさい情報ネットten.』で日本共産党の山中智子市議団長が「この構想そのものが財源から財産から権限からむしり取ると言われた方もいましたが、そういうものなので、同じ地球に住む者が宇宙から侵略してきて支配すると言われたら、どの国も自分たちは侵略されたくないというのは同じ思いだろう」と例え話を述べたら、翌日のデイリースポーツが「吉村知事は宇宙からの侵略者?大阪都構想、反対議員の主張がスゴいことに…」とまるで反対派が全員「吉村知事は侵略者」と言っているかのように印象操作したのである。
しかし、大阪市廃止に反対しているのは日本共産党だけではなく、元内閣官房参与の藤井聡氏や大阪自民党などの保守層も多いのだ。大阪市廃止を推進する日本維新の会とそれに反対する大阪自民党の対立を見ていると、今回の住民投票は小泉政権以降に台頭してきた新自由主義勢力と大きな政府によって中間層の所得を分厚くしてきた古き良き時代の保守勢力との戦いでもあると痛感する。
大阪市廃止を正しく理解する人は1割以下という現実
日本維新の会は大阪市を廃止するメリットとして「二重行政の解消」を挙げ、大阪には大阪府と大阪市という二つの役所が狭い面積の中で、同じような行政サービスを行い非効率な税金の投資を繰り返してきたと説明している。
その具体例として、りんくうゲートタワービル(1996年8月竣工)とワールドトレードセンタービル(1995年2月竣工)、グランキューブ(1999年12月竣工)とインテックス大阪(1985年3月竣工)、ドーンセンター(1994年4月設立)とクレオ大阪中央(2001年11月竣工)、府立中央図書館(1996年5月開館)と市立中央図書館(1996年7月開館)を挙げている。しかし、いずれも小泉政権が公共事業の削減を行う2001年以前に作られた施設である。
政府が積極的に公共投資を行っていた90年代の日本は一人当たりの名目GDPランキングで2~6位を推移していたが、2019年にはこれが25位まで転落してしまった(図82を参照)。つまり、小泉政権以降の自民党や維新の会が強引に行政改革を行ったことで国民が貧困化してしまったのだ。もし、二重行政を解消する目的で大阪市の図書館サービスを廃止したら、大阪市の図書館で働いていた職員が所得を失うことになる。「政府や自治体が歳出削減をすると、何となく自分が得をしたように思える」というのは錯覚を利用した緊縮財政のトリックなのである。
大阪市長で維新の会代表の松井一郎氏は「大阪の自民党と共産党は二重行政の解消プランを示して貰いたい」と言うが、そもそも二重行政は住民サービスを低下させてまで廃止しなければならないほどの悪なのだろうか?大阪市に限らず、行政とは一般に「国」「都道府県」「市町村」という三つのレベルで行われているものであり、日本国民はこの三つの役所(中央政府、県庁、市庁)から様々なサービスを複合的に受けている。つまり、行政とは全ての地域において「三重行政」なのだ。
また、都構想の賛否に熱心な一部の人々を除いて、大阪市民のほとんどが都構想の中身について理解していないのではないかという問題も存在する。例えば藤井聡氏は前回、大阪市廃止の住民投票が行われた翌年の2016年に大阪在住の人々を対象に都構想の内容を正しく知っているのか調査を実施したが、それによると都構想が実現した場合、「大阪市がなくなる」ということを正確に理解している人は回答者252人のうちたったの24人と全体の1割にも満たない実情が浮かび上がった。
それ以外の人々は「政令指定都市のまま残る」(25.5%)、「廃止されるが、大阪市と同じ力を持つ5つ(当時)の特別区が設置される」(35.8%)など事実と全く異なる選択肢を選んでおり、大阪市という制度が廃止されてなくなることを理解する人が極めて限定的だったことがわかる。ちなみに、正解の「大阪市がなくなる」と答えた人の87.5%が反対票を投じていて、住民投票の賛成派が上回るか反対派が上回るかについては都構想の中身を正しく知る人が増えるか増えないかにかかっていると言えるのだ。
大阪市は政令指定都市なので、255億円の「事業所税」や540億円の「都市計画税」、2600億円の「固定資産税」、1600億円の「法人市民税」を使うことができる。ところが、大阪市廃止が決定すれば大阪市の人々はこれらの巨大な予算の多くを大阪市の判断で使う権限を失ってしまうことになるだろう。
例えば、大阪市には所得の低い家庭の子供たちが学校に通うにあたって一定の支援を行う就学援助制度や中学生までの子供の医療費を無料にする大変手厚い医療保険制度、高齢者が公共交通を非常に安く利用できる敬老パスなど豊富な財源に基づいた社会保障が存在するが、大阪市が政令指定都市でなくなればそれらの行政サービスが今の水準で維持していくのができなくなることが真剣に危惧される。
橋下徹氏は2011年6月の政治資金パーティーで「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と発言しており、この一言に都構想の本質が表れていると言えるのではないだろうか。その上、いったん大阪市が廃止され4つの特別区に分割してしまえば、もう一度今のような格好で大阪市を元に戻すことは現実的に不可能である。
私は大阪市に住んでいるわけではないが、大阪市民にとって損しかない住民投票でこれだけ賛成派と反対派が拮抗しているのは民主主義の危機だと思えてならない。もし、住民投票で大阪市廃止が可決されてしまっても他の政令指定都市に「都構想」が飛び火しないことを願うばかりである。
<参考資料>
適菜収 『安倍政権とは何だったのか』(ベストセラーズ、2017年)
『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(講談社、2015年)
藤井聡 『都構想の真実 「大阪市廃止」が導く日本の没落』(啓文社書房、2020年)
薬師院仁志 『ポピュリズム 世界を覆い尽くす「魔物」の正体』(新潮社、2017年)
三橋貴明 『日本「新」社会主義宣言』(徳間書店、2016年)
大石あきこ 『「都構想」を止めて大阪を豊かにする5つの方法』(アイエス・エヌ、2020年)
安部芳裕 『世界超恐慌の正体』(晋遊舎、2012年)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63515230X00C20A9AM1000/
大阪市解体構想と政治の腐敗
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12623103850.html
県民経済計算(2008SNA、平成23年基準計数)
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kenmin/files/contents/main_h28.html
証券用語解説集 雇用者報酬
https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ko/A02570.html
「豊かな大阪をつくる」学者の会シンポジウム