日本国民の二極化が始まった1990年代という時代
昨年からYoutubeで昔の音楽番組やゲームの動画を見るようになったり、家の物置から子供の頃の写真を出して懐かしくなったりして、改めて1990年代という時代を総括する必要があると感じた。特に、私が生まれた1991年から小学校に入学する1998年までの動画や写真を時系列で見ると良くも悪くも変化の大きい時代だったということが伝わってくる。一言で表現すれば90年代は国民の二極化が始まった時代だと言えるのではないだろうか。
1994年から新宿を中心に路上生活者(ホームレス)の支援活動に取り組んでいる稲葉剛氏は、現在の格差や貧困に繋がる火種がまかれた年として、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件が発生して社会の閉塞感が広がった1995年を挙げている。稲葉氏が炊き出しを始めた1994年12月当時、新宿では路上生活者がまだ200人程度だったが、1995年に入ってからそれが300人、400人と少しずつ増えていったという。
1995年といえば当時4歳だった私はアパートから両親が建てたマイホームに引っ越した時期であり、自分が恵まれた幼少期を過ごしていた裏側で路上生活者が急増していたのは信じられない話だ。
また、同年10月18日には大阪の道頓堀で路上生活をしている63歳の男性が24歳の若者によって襲撃され亡くなる事件も発生している。その後、襲撃した若者も持病により安定した仕事に就けず社会の中に居場所を見つけられない状態にあり、自分と同じような境遇にある路上生活者を襲撃したということがわかっている。現在まで繋がる若者の貧困と通底する事件だとも言えるだろう。
実際に、稲葉氏の活動だけでなくデータから見てもこの25年間の日本はほとんど経済成長せず貧困層や所得格差だけが拡大していったことがわかる。例えば、名目GDP成長率は1973年から1995年までの22年間では4.30倍(平成2年基準)も増加したのに対し、1995年から2017年までの22年間ではたったの1.07倍(平成23年基準)しか増加していない。
この間、1世帯当たりの平均所得金額は1995年の659.6万円から2017年の551.6万円まで100万円以上も減少し、所得格差を表すジニ係数(当初所得)は1996年の0.441から2017年の0.559まで上昇している。
この他にも生活保護利用者数は戦後、1951年度の204.7万人から1995年度の88.2万人まで減少していたが、その後は2017年度の212.5万人まで増加してしまった。図20では1985~2017年の「1世帯当たりの平均所得金額と生活保護利用者数の推移」を示したが、これを見ると平均所得金額と生活保護利用者数が逆の相関になっていることがわかる。
安倍政権の熱烈な支持者たちは生活保護利用者数の増加について「日本人の勤労意欲が低下したからだ」などと言うだろうが、統計数理研究所が5年ごとに実施している日本人の国民性調査で「いくらお金があっても、仕事がなければ人生はつまらない」という考え方に賛成する割合は1983年が77%、1988年が75%、1993年が75%、1998年が76%、2003年が71%、2008年が76%、2013年が72%と30年間一貫して7割を超えていて、日本人の勤労意欲が落ちているわけではないのだ。
更に、1995年は日経連が『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策』として非正規雇用や派遣労働者を大幅に増やす提言を行った年でもある。自民党はこの提言に従って1999年12月に労働者派遣法を改正し、それまで専門26業務に限定されていた「ポジティブリスト方式」を港湾運送、建築、警備、医療、製造業など以外は原則自由化するという「ネガティブリスト方式」に変えている。
その後も労働者派遣法は2004年3月に製造業での採用が解禁され、2015年10月からは専門26業務の枠組みを廃止して企業が人さえ変えれば同一事業所の派遣使用期間をいくらでも延長できるようになった。この結果、非正規雇用の割合は1995年の20.9%から2018年の37.9%まで上昇し、主に20~40代の労働環境が悪化して少子化の原因の一つにもなっていることが明らかだろう。
1995年から2018年にかけて食料を含めた総合物価指数(CPI)はデフレと言われながらも3.8%上昇しているが、40~44歳男性の平均年収は1995年の626.9万円から2018年の580.6万円まで46.3万円(1995年比で7.4%)も減少し、45~49歳男性の平均年収は1995年の687.1万円から2018年の635.2万円まで51.9万円(1995年比で7.6%)も減少している。
その影響もあって、50歳までに一度も結婚したことのない人の割合を示す生涯未婚率(男性)は1995年の8.99%から2015年の23.37%まで上昇し、現在の40代男性は所得に余裕があり結婚して子育てに励んでいる人と不安定雇用に苦しめられて結婚できない人が二極化しているのではないだろうか。
1990年代にCDが爆発的に売れていた本当の理由
その一方で、1995年といえば日本の音楽史においてCDシングルのミリオンセラー数が過去最多だった年として記録されている。この年は累計売上が248.9万枚にものぼったDREAMS COME TRUEの「LOVE LOVE LOVE」をはじめとしてミリオンセラーが28曲も生まれている。これだけCDが爆発的に売れたのは、日本の1990年代が一億総中流社会の面影が残っていた最後の時代だからという部分もあるのではないだろうか。
今年2月21日に発表された2019年の実質賃金は「現金給与総額」が前年比マイナス0.9%、「きまって支給する給与」が前年比マイナス0.8%だった。1990年から2019年までの実質賃金を長期時系列データで見ると、戦後最も高かった1997年と比べて2019年の実質賃金は14.2%も減少している。
音楽好きな自分として気になっているのは、労働者の実質賃金とCDやDVDなどの売上を示した音楽ソフトの生産金額に強い相関関係が見られることだ(図21を参照)。1990年から1997年までは実質賃金と音楽ソフトの売上が共に上昇していたが、2000年以降に実質賃金が低下して音楽ソフトの売上も減少するという状況が発生している。この20年のデフレ不況は国民を貧困化させるだけでなく、音楽文化まで破壊してしまったようである。
5ちゃんねる(旧:2ちゃんねる)やYoutubeのコメント欄などでは「1980~90年代の音楽は素晴らしかったが、最近はいい曲が少ない」という書き込みが多い。そうしたコメントを見る度に「貴方が最近の音楽を聴かず嫌いしているだけなのでは?」と思うのだが、それでも何故昔の音楽のほうが良いと感じる人が多いのかについては考察しなければならない。
私が思うのは1980~90年代当時、法人税や所得税の最高税率が今より高かったことにより、売れているミュージシャンやレコード会社にも納税を通して社会貢献させていたからこそ、国民の多くがCDを買うなど音楽にお金を使う余裕があって次々と大ヒット曲を生み出せていたのではないだろうか。
例えば、90年代に一世を風靡した音楽プロデューサーの小室哲哉氏は1997年に推定所得が約23億円でその50.9%に当たる11億7000万円を納税したという。当時の所得税と住民税を合わせた最高税率は65%で、自身の収入の半分以上を国と地方に納税していたのは誇るべきことである。
しかし、それから所得税と住民税の最高税率はCDの売上が減少し始めた1999年から50%に減税され、2007年には所得税の最高税率が37%から40%に引き上げられたのに対し、住民税の最高税率は13%から10%に減税され、どれだけ所得を稼いでも一律の税率しか徴収されないフラット税制が適用されている。
2015年には格差社会に対する批判から所得税と住民税の最高税率が50%から55%に引き上げられたが、それでも高所得者に65%以上の税率を徴収していた1980~90年代と比べたら累進課税が緩和された状況が続いていると言えるだろう。
エイベックス代表取締役会長の松浦勝人氏は2013年8月に自身のFacebookで2015年から所得税と住民税の最高税率が55%に引き上げられることについて「この国はあえていうなら富裕層に良いことは何もない。こんなことをしていたら富裕層はどんどん日本から離れていくだろう」と批判したが、彼は2000年代以降に何故CDが売れなくなったのか真剣に考察したことがないのだなと思わざるを得なかった。
ちなみに、国税庁の調査によれば年収1000万円以上の高所得者は2014年の199.5万人から2018年の248.8万人まで49.3万人増加し、ワールド・ウェルス・レポートによれば100万ドル(約1億1000万円)以上の投資可能な資産を保有する人は2014年の245.2万人から2018年の315.1万人まで69.9万人も増加していて、所得税の最高税率を引き上げても富裕層が海外に逃げるという事態は発生していないのだ。松浦氏は日本の所得税が高いと嘆く前にもっと経済の勉強をすべきではないだろうか。
最近ではYoutubeなどの動画サイトやSpotifyなどの定額制ストリーミングサービスの再生回数でミュージシャンが収入を得る時代になっているが、こうした「音楽を無料や低価格で楽しむ」という価値観が蔓延しているのは1995年以降に日本のデフレ不況が長期化していることも原因の一つだろう。
20~40代が趣味にお金を使えるようになり、将来的に結婚してマイホームを建てられるほどの所得を得るためには消費税廃止と財政出動が必要で、その財源として法人税や所得税の最高税率を引き上げてデフレ期の国債発行を認めるしかないと思っている。
<参考資料>
稲葉剛 『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版、2016年)
伊藤周平 『消費税が社会保障を破壊する』(角川書店、2016年)
醍醐聰 『消費増税の大罪 会計学者が明かす財源の代案』(柏書房、2012年)
国民経済計算 2019年10-12月期1次速報値
https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2019/qe194/gdemenuja.html
平成30年 国民生活基礎調査
平成29年 所得再分配調査報告書
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/96-1/h29hou.pdf
平成29年度 被保護者調査
労働力調査 長期時系列データ
https://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html
消費者物価指数 時系列データ
https://www.stat.go.jp/data/cpi/historic.html
https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm
2020年度人口統計資料集
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/Popular2020.asp?chap=0
1995年(平成7年)ヒット曲ランキング
https://nendai-ryuukou.com/1990/song/1995.html
毎月勤労統計調査 令和元年分結果確報
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r01/01cr/01cr.html
音楽ソフト 種類別生産金額推移
https://www.riaj.or.jp/g/data/annual/ms_m.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%AE%A4%E5%93%B2%E5%93%89
所得税の税率の推移(イメージ図)
https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/income/033.htm
松浦勝人氏「富裕層は日本にいなくなっても仕方ない」に批判相次ぐ
https://www.huffingtonpost.jp/2013/08/13/masato_matsuura_n_3738948.html
World Wealth Report 2019
https://worldwealthreport.com/wp-content/uploads/sites/7/2019/07/World-Wealth-Report-2019-1.pdf