消費税増税に反対するブログ

消費税の財源のほとんどが法人税減税に消えている!消費税を廃止し、物品税制度に戻そう!(コメントは、異論や反論も大歓迎です)

アメリカ大統領選挙2020 バイデン新政権の課題とトランプ大統領の功罪

※この記事は2020年12月8日に更新されました。

 

深刻なコロナ不況からの回復がバイデン新政権の課題

 2020年11月3日に実施されたアメリカ大統領選は、最終的に306人の選挙人を獲得した民主党ジョー・バイデンが勝利した。バイデン氏は「分断ではなく結束を目指す大統領になる」と述べて国民の融和を訴え、当選が確定すれば2021年1月に第46代大統領に就任して民主党が4年ぶりに政権を奪還することになる。その一方で、トランプ大統領は選挙で不正が行われたとして法廷闘争を続ける姿勢を示し、2024年の大統領選に再出馬する可能性も示唆していて今後の対応や支持者の動向が焦点になっている。

f:id:anti-tax-increase:20201208171010p:plain

 

 アメリカの次期大統領であるジョー・バイデンとは一体どのような人物だろうか。バイデン氏は1942年にペンシルベニア州アイルランド系移民の家庭に生まれ、父親の事業の失敗から一時は経済的に厳しい環境も経験した。父親の収入が安定するとカトリック系の私立高校に進み、デラウェア大学を卒業している。高校と大学ではフットボールの名選手として知られていたようだ。

 連邦上院議員に当選した直後に妻と娘が死亡するという悲劇を経て、民主党の重鎮として存在感を高めていたバイデン氏は1987年に大統領選への立候補を表明した。しかし、演説がイギリス労働党党首のコピーであると報道され批判が集まったことで選挙戦から離脱した。バイデン氏は2008年の大統領選にも出馬し、ヒラリー・クリントン氏やバラク・オバマ氏などと争ったが早い段階で離脱を迫られた。

 

 今回の大統領選では2019年4月に出馬を表明したが、予備選が始まる前の候補者間でのテレビ討論会でバイデン氏はよろめいた。民主党の候補者の一人であるカマラ・ハリス氏がバイデンの人種問題に関する過去の言動を批判したからだ。1960年代からアメリカでは貧しい地区と豊かな地区の子供たちを同じ学校で学ばせるための努力が行われてきたが、バイデン氏はこれに反対した過去があった。

 当時は人種問題についての社会通念も今とは違っていた背景があるにも関わらず、バイデン氏はこの批判に反論することができなかった。その影響でハリス氏はバイデンから副大統領候補に選出された。

 

 バイデン氏が大統領になったらどのような経済政策が展開されるだろうか。まず貿易政策では恐らくオバマ時代の自由貿易と比べ、保護貿易寄りになるのではないかと思われる。自由貿易の結果として、中西部にあった多くの工場が海外に移転してブルーカラー層の失業につながったからだ。バイデン氏の勝利が確定してから早速、日本のマスコミは「TPP復帰論」を報じ始めたが、実際にTPP復帰には慎重な立場を示していてブルーカラー層の支持を失わせないためには保護貿易に舵を取るしかなくなっているのが現実のようだ。

 また、税制政策では「富裕層を優遇する税制は必要ない」と述べ、所得税最高税率を37%から39.6%に引き上げるほか、トランプ氏が35%から21%に下げた法人税を28%まで戻すことを公約に掲げている。トランプ陣営は「バイデンの増税によって回復しつつある経済や株式市場は崩壊するだろう」と批判したが、あくまでもバイデン氏の増税は富裕層を対象にしているのであって多くの低所得者や中間層にとっては何も関係がないのだ。

 むしろ、所得税最高税率を引き上げると企業経営者たちの中には「どうせ税金で取られるなら自分が高額の報酬を受けるより、社員に還元したほうがマシだ」と考え、従業員の給料も上昇しやすくなって経済的なメリットが大きいのである。

 

 更に、民主党の候補者たちにとって最大の課題は医療保険であり、バイデン氏はオバマ時代に成立した医療保険制度(オバマケア)を引き継いで、この制度から落ちこぼれている人々を救済する新たな制度の創設を訴えている。

 特に2020年の新型コロナウイルス以降、民主党バーニー・サンダース上院議員などが提唱している国民皆保険制度について支持する声が高まっており、調査会社のモーニングコンサルトと米政治専門紙のポリティコが3月27~29日にかけて実施した世論調査によれば回答者の55%が国民皆保険制度を評価している。コロナ感染による経済的負担を目の当たりにして、国民皆保険社会主義だとして反対してきたアメリカ人も心を動かされ始めたようだ。

 

 その一方で、バイデン新政権には課題も多い。アメリカの民主党はかつて労働組合を有力な支持母体とした政党で、炭鉱夫や自動車の組立工などラストベルトの労働者にも支えられていた。しかし、今の民主党は労働者たちの苦しい生活を直視することよりもLGBTや人種差別の問題などばかりに目を向けていて、そうしたマイノリティの問題にポリティカル・コレクトネス的な見地から関心を寄せる都市部のインテリたちとも密接に結びつくようになったと指摘されている。

 バイデン新政権はLGBTや人種差別の問題だけでなく、2016年の大統領選でトランプ氏に投票したプアホワイト(白人の低所得者層)を経済政策によって救済できるかどうかが課題になってくるだろう。

 

 

2024年の大統領選でトランプが再選される可能性

 また、今回の大統領選では敗北したトランプ氏の動向にも目が離せない。米政治専門紙ポリティコなどが11月24日に公表した世論調査で、2024年の大統領選の候補としてトランプ氏が共和党支持者の中で53%の支持を集めて首位となり、選挙後も依然として圧倒的な人気を保っているからだ。

 しかし、日本でツイッターYahoo!ニュースのコメント欄を見ていると自民党の熱烈な支持者がトランプ大統領を持てはやしているように感じられる。私は2016年に「消費税の歴史と問題点を読み解く」という本を執筆していて大統領選のことも調べていたのだが、当時は安倍首相がヒラリー・クリントン氏と会談したこともあってクリントンを支持する書き込みのほうが圧倒的に多かった。しかし、大統領選後に安倍首相とトランプ氏が親密関係をアピールするようになってからはトランプを高く評価する自民党支持者が急増したのである。

 彼らがトランプを支持する理由は、政策よりもバイデンが大統領になると日本政府と新たな関係を築かなければならないという部分があるだろう。本来の保守ならば、誰がアメリカ大統領になっても日本の国益を追求すべきなのだが、自民党の熱烈な支持者は日本政府が常にアメリカ大統領の顔色を窺っていないと気が済まないようだ。トランプ大統領自身も選挙から約1ヵ月が経ってバイデン政権への移行を認めているにも関わらず、未だに不正選挙だの言い訳している日本の自称保守派は非常に情けなく思う。

 

 とはいえ、日本でトランプを支持している著名人の中で気になっている人物もいる。それは90年代からヒップホップMCとして活動するKダブシャイン氏だ。彼は2020年4月に星野源さんのコラボ動画「うちで踊ろう」に安倍首相(当時)が便乗した際に「ちゃんと歌で政権批判しないから、こういう利用のされ方するんだよ。ポップシンガーの宿命」と批判したことが話題にもなった。

 Kダブシャイン氏がトランプ大統領を支持する理由は、彼がマイノリティのために様々な政策を行っているからだという。例えば、カニエ・ウェストの妻であるキム・カーダシアン氏が働きかけた暴力を伴わない犯罪で投獄された受刑者たちを早期に釈放することを目的とした「ファースト・ステップ・アクト」に署名したり、政治家のはじめ多くの黒人エリートを輩出している歴史的黒人大学(HBCU)のために多額の予算を確保したりした。こうした政策を受けて黒人の中には民主党支持をやめてトランプ支持に乗り換える人が増え、彼らの動きはイギリスが欧州連合から離脱したブレグジットにちなんでBLEXIT(Black Exit)と呼ばれている。

 

 私はトランプ大統領が選挙で勝てなかった理由は新型コロナウイルス対策の予算がまだまだ不足していたことにあると思う。そもそも、アメリカ経済がコロナ前まで好調だったのはトランプ氏がオバマ政権以上に財政出動を行っていたからである。2016~2020年にかけての政府総支出は日本が203.4兆円から253.3兆円まで1.25倍程度の増加なのに対して、アメリカは6兆6487億ドルから9兆8185億ドルまで1.48倍も増加しているのだ(図83を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20201208153552p:plain

 

 共和党を熱烈に支持している幸福実現党などは、トランプ政権が法人税所得税を減税したからアメリカ経済が回復したと言っているが、それなら法人税減税を繰り返しているにも関わらずデフレ不況が長らく続いている日本はどうなってしまうのだろうか。

 日本の場合、経団連の要求によって法人税を減税する一方でプライマリーバランス黒字化目標など緊縮財政は維持しており、景気対策として減税や財政出動を推進するトランプ政権とはむしろ対照的だと言えるだろう。景気回復のためには法人税所得税を減税するよりも、財政出動を行ったほうが効果が大きいのは明らかである。

 

 しかし、アメリカの完全失業率は2020年4月の14.7%から2020年11月の6.7%まで7ヵ月連続で改善しているものの、コロナ前である2020年2月の3.5%と比べると高止まりした状況が続いている。

 景気悪化が大統領選を左右したのは今回に限った話ではなく、民主党ビル・クリントンが現職のジョージ・H・W・ブッシュに勝った1992年の大統領選でもアメリカの失業率が1989年の5.3%から1992年の7.5%まで悪化していた(図84を参照)。その点、今回の大統領選は深刻なコロナ不況の真っ只中に実施されたため、現職のトランプ氏にとって非常に不利な選挙だったと言えるだろう。

 トランプ氏は大統領を辞めてもアメリカの政治に影響を与え続けるのは確実で、バイデン新政権が4年間で経済を立て直すことができなければ2024年の大統領選でトランプ氏が再選されるかもしれない。今後も不透明さが続くアメリカの政治の動向について注目していきたいと思う。

f:id:anti-tax-increase:20201208155324p:plain

 

 

<参考資料>

高橋和夫 『最終決戦 トランプvs民主党』(ワニブックス、2020年)

小川寛大 「南北戦争を知らずして、アメリカを語るなかれ」 『月刊日本』(ケイアンドケイプレス、2020年12月号)

Kダブシャイン 「それでも私はトランプを支持する」(同上)

 

バイデン前副大統領が勝利宣言「分断ではなく結束を」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201108/k10012700691000.html

TPP復帰に慎重 不透明感漂うバイデン氏の通商政策

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/662750/

増税所得再分配のバイデンVS減税テコに成長狙うトランプ

https://www.tokyo-np.co.jp/article/53529

コロナ危機でアメリカ版「国民皆保険」への支持が急上昇

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/04/post-92970.php

トランプ氏の人気は衰えず…4年後の米大統領選、共和党候補として首位の支持53%

https://www.yomiuri.co.jp/world/uspresident2020/20201125-OYT1T50239/

米11月の失業率6.7% コロナ感染急拡大 雇用の回復ペース鈍化

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201204/k10012747301000.html

日本維新の会の政治姿勢と大阪市廃止の住民投票について

※この記事は2020年10月23日に更新されました。

 

公務員バッシングを煽って大阪を停滞させた維新の会

 大阪市選挙管理委員会は9月7日、大阪都構想の是非を問う住民投票について11月1日の投開票とする日程を決めた。しかし、住民投票で賛成票が反対票を上回ったとしても大阪府大阪都になるわけではなく、政令指定都市である大阪市が4つの特別区に分割され大阪市民は自治も権限も失うことになる。そのため、大阪都構想選挙ではなく「大阪市廃止選挙」と表現したほうが適切ではないかと思っている。

 また、大阪維新の会は2015年の住民投票で「今回が大阪の問題を解決する最後のチャンスです。二度目の住民投票の予定はありません」と発言していた。元内閣官房参与藤井聡氏は「今回の住民投票はその構想の中身についての議論を経て決定されたのではなく、ただ単に維新と公明党が自分たちの党勢の維持と拡大のための党利党略上の都合だけで決定してしまった」と述べている。仮に今回の住民投票で再び否決されても維新は三度目、四度目の住民投票を繰り返してくるだろう。

 

 私が疑問に思っているのは大阪市廃止を推進する日本維新の会の政治姿勢である。一言でまとめると、彼らは経済成長して分厚い中間層を生み出してきた戦後日本に対する激しい憎悪が存在するように感じられる。維新の会代表を務めた橋下徹氏は大阪府知事時代の2010年7月6日に「市役所は税金をむさぼり食うシロアリ。即刻解体しないとえらいことになる」と発言したが、たとえ市役所に問題があろうともそれを真摯に解決しようと努力するのではなく、府民を煽動するために市役所をシロアリに仕立て上げるのは非常に問題だろう。

 公務員・公的部門職員の人件費(対GDP比、2014年)は高負担・高負担のデンマークで16.6%、フィンランドで14.2%、小さな政府を志向するアメリカで9.9%、イギリスで9.4%なのに対し、日本は6.0%とOECD加盟国の中でも最低である(図80を参照)。特にリーマンショック新型コロナウイルスのようなデフレ不況のときはむしろ安定雇用として公務員数を増やす必要があり、民間企業の年収が下がっていることを利用して公務員へのバッシングを煽るのは国民を貧困化させたいのかと思ってしまう。

f:id:anti-tax-increase:20201023180131p:plain

 

 日本維新の会には「自民党ネットサポーターズクラブ」のような組織は存在しないが、2000年代以降に台頭してきたB層に向けて積極的な支持を呼び掛けているのが特徴的だ。B層とは自民党が2005年に規定した「具体的なことはよくわからないが、小泉純一郎のキャラクターを支持する層」であり、同年の郵政選挙ではこのB層に向けて「改革なくして成長なし」「聖域なき構造改革」といったワンフレーズ・ポリティクスが集中的にぶつけられた。その点、「日本が不況から抜け出せないのは改革が足りないからだ」と思っている日本維新の会は完全に小泉政権の亜流で、支持者を見ていても自分と異なる意見を受け入れたくない人が多いように感じられる。

 例えば前回、2015年の住民投票では維新が公権力を利用し、大阪市廃止に反対する藤井聡氏をテレビに出演させないよう圧力をかけるのと同時に、熱烈な支持者たちがネット上で藤井氏に対する個人攻撃を行った。維新支持者による誹謗中傷を観察していた経済評論家の三橋貴明氏は「まさにナチス・ドイツの突撃隊そのものにしか見えなかった」という。

 

 私も2011年にYahoo!知恵袋で「教員の長時間労働が問題になっているのに公務員の給料が引き下げられるのはおかしくないですか?」と質問したら、橋下徹氏の熱烈な支持者だと思われる回答者から「民間企業は給与も上がらずサービス残業が当たり前なんだから、週休2日でボーナスも貰える公務員は有り難く思え」と反論された。サービス残業は明らかに労働基準法違反なので会社に抗議すべきだろうが、それを公務員バッシングにすり替えるのは理解に苦しむところだ。

 90年代後半以降にデフレ不況が長引いて民間企業の年収が下がっていることについて、政府の緊縮財政を批判することなく公務員のせいにすると維新支持者になってしまうようである。

 

 2019年の統一地方選挙大阪維新の会は「大阪の成長を止めるな」というキャッチコピーを宣伝して議席を増やした。しかし、維新府政のもとで大阪が経済成長しているというのは本当だろうか?県民経済計算を見ると2006~2016年度における主要都市の県内実質GDPは10年間で東京都が103.9%、兵庫県が102.6%、愛知県が100.6%増加したが、大阪府は98.6%へとやや縮小してしまった(図81を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20201023181830p:plain

 

 また、一人当たりの雇用者報酬に関しても2006~2016年度の10年間で東京都が95.5%、兵庫県が94.8%、愛知県が99.2%と全体的に下落しているが、大阪府は94.0%と特に落ち込みが著しいことがわかる。雇用者報酬とは、公務員や民間企業などに勤務する従業員、役員などのあらゆる生産活動により発生した付加価値のうち、その活動を提供した人(雇用者)に対して報酬の総額を表したものである。大阪の経済が停滞しているのは維新の「身を切る改革」で中小企業や製造業への支援策が大幅にカットされ、大阪の製造業の工場が他県や海外に移転した影響が指摘されている。

 大阪府の中小企業振興予算(制度融資預託金を除く)は2007年度の946.2億円から2017年度の78.1億円まで10年間で92%も削減されてしまった。もし、維新が大阪市廃止に向けてキャッチコピーを掲げるなら、「大阪の成長を止めるな」ではなく「大阪の低成長を止めろ」と言うべきではないだろうか。ちなみに、ツイッターなどでは「維新のおかげで地下鉄のトイレが綺麗になった」という書き込みが見られるが、それは大阪市を廃止して財源を大阪府に吸い上げるための選挙対策なのが現実である。

 

 

悪質なレッテル貼りが横行する大阪市廃止の住民投票

 大阪市廃止の住民投票についてツイッターで賛成派の主張を見ていたが、どうも日本維新の会の熱烈な支持者と大阪市廃止の賛成派がほぼ一体化しているように感じられた。例えば、ツイッターなどで「吉村知事のコロナ対応は良かったけど大阪市廃止には反対」とか「維新の政策には賛成できないけど大阪都構想は良いと思う」といった書き込みをほとんど見かけない。また、大阪市廃止の賛成派は必ずと言っていいほど「維新が行政改革を行って、都構想が実現したら大阪が東京みたいに豊かになる」というイメージを振りまいている。今回の住民投票で賛成票が反対票を上回ったら、大阪市が廃止される事実をどうしても隠したいようだ。

 大阪市の廃止について特に賛成派の書き込みが集まっているのはYahoo!ニュースのコメント欄(以下、ヤフコメ)である。例えば、ヤフコメでは「立憲民主党枝野幸男やれいわ新選組山本太郎が反対しているから私は都構想に賛成」という書き込みが見られる。ヤフコメは2013年に問題となった特定秘密保護法でも「民主党社民党が反対しているから私は賛成」という意見が多数だった。ヤフコメで「〇〇が反対しているから賛成」という書き込みが溢れるのは、彼らが都構想の中身について表面的な理解しかしていないからだろう。

 

 私は2010年頃からヤフコメを見ているが、彼らに共通しているのは戦後の一億総中流社会が嫌いで新自由主義や緊縮財政を信奉している姿勢だ。彼らが大阪市廃止に賛成するのも、公務員バッシングを煽って歳出削減を進める日本維新の会にシンパシーを感じているからではないだろうか。

 更に、私の予想通りヤフコメでは大阪市廃止の反対派に対して左翼扱いする書き込みが見られた。これはまるで1950年代に正力松太郎が米国との合作で実施した原子力平和利用キャンペーンで、原発の危険を訴える人間に「左翼」「共産主義者」というレッテルを貼って徹底的に社会から排除したことに通じるものがある。菅政権や維新の熱烈な支持者は大阪市廃止に限らず新自由主義に反対する者をすぐ左翼扱いするが、正力松太郎原発を推進する際に行ったプロパガンダが2020年現在でも繰り返されていると言えるかもしれない。

 この他にも、ヤフコメでは「大阪都構想に反対しているのは既得権益者だ!」といった書き込みも多い。しかし、大阪市以外に住んでいる人には是非とも考えてほしいのだが、もし自分の住んでいる市や町が廃止されて財源が県に奪われるかどうかの住民投票が強行されて、それに反対する意見が既得権益者扱いされたら貴方は怒らないだろうか。私は既得権益という言葉そのものが自分と立場の違う者に対して、ネガティブキャンペーンを行うためのレッテル貼りに使われているように思う。

 

 また、今回の大阪市廃止の住民投票でヤフコメだけでなくマスコミも反対派に対して悪質なレッテル貼りを行っているようだ。例えば、10月7日放送の読売テレビ『かんさい情報ネットten.』で日本共産党の山中智子市議団長が「この構想そのものが財源から財産から権限からむしり取ると言われた方もいましたが、そういうものなので、同じ地球に住む者が宇宙から侵略してきて支配すると言われたら、どの国も自分たちは侵略されたくないというのは同じ思いだろう」と例え話を述べたら、翌日のデイリースポーツが「吉村知事は宇宙からの侵略者?大阪都構想、反対議員の主張がスゴいことに…」とまるで反対派が全員「吉村知事は侵略者」と言っているかのように印象操作したのである。

 しかし、大阪市廃止に反対しているのは日本共産党だけではなく、元内閣官房参与藤井聡氏や大阪自民党などの保守層も多いのだ。大阪市廃止を推進する日本維新の会とそれに反対する大阪自民党の対立を見ていると、今回の住民投票小泉政権以降に台頭してきた新自由主義勢力と大きな政府によって中間層の所得を分厚くしてきた古き良き時代の保守勢力との戦いでもあると痛感する。

 

 

大阪市廃止を正しく理解する人は1割以下という現実

 日本維新の会大阪市を廃止するメリットとして「二重行政の解消」を挙げ、大阪には大阪府大阪市という二つの役所が狭い面積の中で、同じような行政サービスを行い非効率な税金の投資を繰り返してきたと説明している。

 その具体例として、りんくうゲートタワービル(1996年8月竣工)とワールドトレードセンタービル(1995年2月竣工)、グランキューブ(1999年12月竣工)とインテックス大阪(1985年3月竣工)、ドーンセンター(1994年4月設立)とクレオ大阪中央(2001年11月竣工)、府立中央図書館(1996年5月開館)と市立中央図書館(1996年7月開館)を挙げている。しかし、いずれも小泉政権が公共事業の削減を行う2001年以前に作られた施設である。

 

 政府が積極的に公共投資を行っていた90年代の日本は一人当たりの名目GDPランキングで2~6位を推移していたが、2019年にはこれが25位まで転落してしまった(図82を参照)。つまり、小泉政権以降の自民党や維新の会が強引に行政改革を行ったことで国民が貧困化してしまったのだ。もし、二重行政を解消する目的で大阪市の図書館サービスを廃止したら、大阪市の図書館で働いていた職員が所得を失うことになる。「政府や自治体が歳出削減をすると、何となく自分が得をしたように思える」というのは錯覚を利用した緊縮財政のトリックなのである。

f:id:anti-tax-increase:20201023194944p:plain

 

 大阪市長で維新の会代表の松井一郎氏は「大阪の自民党共産党は二重行政の解消プランを示して貰いたい」と言うが、そもそも二重行政は住民サービスを低下させてまで廃止しなければならないほどの悪なのだろうか?大阪市に限らず、行政とは一般に「国」「都道府県」「市町村」という三つのレベルで行われているものであり、日本国民はこの三つの役所(中央政府、県庁、市庁)から様々なサービスを複合的に受けている。つまり、行政とは全ての地域において「三重行政」なのだ。

 

 また、都構想の賛否に熱心な一部の人々を除いて、大阪市民のほとんどが都構想の中身について理解していないのではないかという問題も存在する。例えば藤井聡氏は前回、大阪市廃止の住民投票が行われた翌年の2016年に大阪在住の人々を対象に都構想の内容を正しく知っているのか調査を実施したが、それによると都構想が実現した場合、「大阪市がなくなる」ということを正確に理解している人は回答者252人のうちたったの24人と全体の1割にも満たない実情が浮かび上がった。

 それ以外の人々は「政令指定都市のまま残る」(25.5%)、「廃止されるが、大阪市と同じ力を持つ5つ(当時)の特別区が設置される」(35.8%)など事実と全く異なる選択肢を選んでおり、大阪市という制度が廃止されてなくなることを理解する人が極めて限定的だったことがわかる。ちなみに、正解の「大阪市がなくなる」と答えた人の87.5%が反対票を投じていて、住民投票の賛成派が上回るか反対派が上回るかについては都構想の中身を正しく知る人が増えるか増えないかにかかっていると言えるのだ。

 

 大阪市政令指定都市なので、255億円の「事業所税」や540億円の「都市計画税」、2600億円の「固定資産税」、1600億円の「法人市民税」を使うことができる。ところが、大阪市廃止が決定すれば大阪市の人々はこれらの巨大な予算の多くを大阪市の判断で使う権限を失ってしまうことになるだろう。

 例えば、大阪市には所得の低い家庭の子供たちが学校に通うにあたって一定の支援を行う就学援助制度や中学生までの子供の医療費を無料にする大変手厚い医療保険制度、高齢者が公共交通を非常に安く利用できる敬老パスなど豊富な財源に基づいた社会保障が存在するが、大阪市政令指定都市でなくなればそれらの行政サービスが今の水準で維持していくのができなくなることが真剣に危惧される。

 

 橋下徹氏は2011年6月の政治資金パーティーで「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と発言しており、この一言に都構想の本質が表れていると言えるのではないだろうか。その上、いったん大阪市が廃止され4つの特別区に分割してしまえば、もう一度今のような格好で大阪市を元に戻すことは現実的に不可能である。

 私は大阪市に住んでいるわけではないが、大阪市民にとって損しかない住民投票でこれだけ賛成派と反対派が拮抗しているのは民主主義の危機だと思えてならない。もし、住民投票大阪市廃止が可決されてしまっても他の政令指定都市に「都構想」が飛び火しないことを願うばかりである。

 

 

<参考資料>

適菜収 『安倍政権とは何だったのか』(ベストセラーズ、2017年)

    『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(講談社、2015年)

藤井聡 『都構想の真実 「大阪市廃止」が導く日本の没落』(啓文社書房、2020年)

薬師院仁志ポピュリズム 世界を覆い尽くす「魔物」の正体』(新潮社、2017年)

三橋貴明 『日本「新」社会主義宣言』(徳間書店、2016年)

大石あきこ 『「都構想」を止めて大阪を豊かにする5つの方法』(アイエス・エヌ、2020年)

安部芳裕 『世界超恐慌の正体』(晋遊舎、2012年)

 

大阪都構想」2度目の住民投票、11月1日に

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63515230X00C20A9AM1000/

大阪市解体構想と政治の腐敗

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12623103850.html

県民経済計算(2008SNA、平成23年基準計数)

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/kenmin/files/contents/main_h28.html

証券用語解説集 雇用者報酬

https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ko/A02570.html

「豊かな大阪をつくる」学者の会シンポジウム

https://www.youtube.com/watch?v=zizUe_3D5M4

新型コロナウイルスの感染者に対する自己責任論が日本人を苦しめている

「他人に迷惑をかけるな」は日本人の美点ではなく恥である

 社会心理学者の三浦麻子氏などの研究グループが今年3~4月に行った意識調査によれば、「新型コロナウイルスに感染する人は自業自得だと思う」という質問に対して「そう思う」(「非常にそう思う」「ややそう思う」「どちらかといえばそう思う」の合計)と答えた人の割合は、アメリカが1.0%、イギリスが1.5%、イタリアが2.5%、中国が4.8%なのに対し、日本は11.5%にものぼったことが明らかになった。逆に「全くそう思わない」と答えた人の割合は、アメリカが72.5%、イギリスが78.6%、イタリアが75.6%、中国が61.2%なのに対し、日本は29.3%程度である(図68を参照)。

 『社会保障の充実を阻む「自己責任論」』の記事でも述べた通り、日本はもともと先進国の中で最も貧困問題に対して自己責任論が強く、2007年に行われた国際調査でも「政府が自力で生活できない人を助けてあげるべきか?」の質問で、「全くそう思う」と回答した人はたったの15%と47カ国の中で最も少なかったが、今回の新型コロナウイルスでも改めて日本人の自己責任論が浮き彫りになったと言えるだろう。

f:id:anti-tax-increase:20200828182841p:plain

 

 群馬県内で発行されている上毛新聞(7月30日)には読者の声として、77歳の高齢者のこんな一文が掲載されていた。「他人に迷惑をかけるな―。小学校の時、父や母からよく言われたことが、今でも頭の片隅に残っている。今から約70年も前のことである。当時のクラスの仲間たちも親などを通して、身に付いていた言葉のような気がする。新型コロナウイルスの感染者が7月29日、全国で1000人を超え、危機感を覚え、不安を感じている。最近、感染者の割合は若者が圧倒的に多いことに驚かされる。テレビニュースで『うつっても軽くて済むから』と平然と語る若者の言葉には、重症化しやすい年寄りへの配慮はなく、他者へ感染させないという気遣いさえも感じられないように思える。自分の小遣いをはたいてマスクを寄贈した少女や水害地における高校生のボランティアの話など、他人のために役立とうとする立派な若者も多い半面、自分さえ良ければと考える若者も多いと推測される。日本の将来を担う若者をはじめ、全世代が『他人に迷惑をかけない』をモットーとする日本人の美点を思い起こし、実生活に生かすことがコロナから日本を救う一つの方途だと信じてやまない」。

 

 しかし、この一文には安倍政権が国賓で来日する予定だった習近平に配慮して、3月上旬まで中国人の入国禁止を決断できずに日本で新型コロナウイルスの感染者を5万人以上も増やしたという政治的な背景が全く感じられない。また、この高齢者は「昔の日本人は他人に迷惑をかけないという規範意識を持っていた」とでも言いたいようだが、実際に殺人事件で亡くなった人は2019年が293人なのに対し、高度経済成長期の1955年は2119人にものぼっている。

 図69では1955年以降の名目GDPと他殺による死亡者数の推移を示したが、これを見ると殺人事件の多さから経済的に貧しかった昔の日本人のほうがよっぽど他人に迷惑をかけていたことがわかる。その上、前述の高齢者は水害地でボランティアをする高校生を「他人のために役立とうとする立派な若者」と言うが、ボランティアは給与が全く発生しない「タダ働き」である。そうした国家や地域のために無償労働を行う若者を賞賛しているのは非常に問題だろう。

f:id:anti-tax-increase:20200828170656p:plain

 

 私が様々な方と政治についての会話をしていて感じるのは、消費税引き下げやデフレ期の国債発行に反対するのは圧倒的に60代以上が多いということだ。マスコミが長年、「国の借金で日本が破綻する」というデマを流し続けている影響で、積極財政に拒否反応を示す高齢者が非常に多いのである。90年代以降の日本の政治を振り返ってみても、1930~50年代生まれの政治家や官僚が消費税増税や歳出削減、労働規制の緩和といった新自由主義政策を進めてきた結果、子育て世代が貧困化して少子化が加速する原因にもなっている。今の高齢者世代がこの20~30年間の日本を衰退させてきたのに、国のトップを批判せず「今の若者は自分さえ良ければと考える奴が多い」とバッシングを煽るのは身勝手ではないだろうか。

 更に、最近では地方を中心に新型コロナウイルスの感染者を誹謗中傷する事件が相次いでいるが、これらは「コロナの感染者は他人に迷惑をかけている」という勘違いが招いた犯罪だと推測できる。前述の高齢者は「他人に迷惑をかけるなという日本人の美点を思い起こす必要がある」と述べているが、むしろ「他人に迷惑をかけてはいけない」という意識が日本人を苦しめ、先進国の中でも自殺率の高い社会を形成していると言えるだろう。「他人に迷惑をかけるな」は日本人の美点ではなく「恥」という意識を持つべきである。

 

 

戦後日本を否定して道徳の教科化を煽る自称保守派を許すな

 8月28日、安倍首相が辞任する意向を表明した。だが、そもそも消費税を10%に増税して外国人労働者を大量に受け入れ、公文書まで改ざんした安倍政権が約8年も続いてしまったのは何故だろうか。それは75年間平和を守って、経済成長を続けてきた戦後日本を破壊したい勢力が幅を利かせてきたことも原因の一つだと私は考えている。

 例えば、道徳の教科化を推進してきた教育学者の貝塚茂樹氏は典型的な「戦後日本が嫌いな言論人」である。彼は『13歳からの道徳教科書』(扶桑社、2012年)という学生向けに書かれた本の中で、いきなり「日本が溶解していく」と述べ、その理由として「日本の歴史の中で今ほど家族や社会の結びつきが希薄になった時代はないでしょう」と発言している。しかし、実際には統計数理研究所が実施している日本の国民性調査で「一番大切なものは家族」と答えた割合は1958年の12%から2013年の44%まで増加していて、高度経済成長期より現代のほうが家族の絆は強まっているのだ(図70を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20200828172240p:plain

 

 また、貝塚氏は「日本では毎年3万人を超える人が自らの命を絶っており、自殺大国とさえ言われています。それどころか、近年では『身元不明の死者』などの国の統計上では分類されない新たな死が急増しています。こうした傾向は1960年代からの高度経済成長が進む中で顕著となり、家族や地域社会の共同体が徐々に解体されていったことが原因です」と、まるで経済成長と引き替えに日本人の心が貧しくなったから自殺や不審死が増加したと言いたいようである。だが、自殺は完全失業率が改善すれば自然に減少することが明らかになっており、共同体や道徳教育の問題ではないだろう。

 貝塚氏をはじめとする自称保守派は、2011年の東日本大震災で日本人の冷静さや規律正しさが海外から評価されたことについて「戦前の教育勅語のおかげ」だと賞賛する一方で、略奪や風評被害が一部で発生したことについては「戦後の日本が道徳教育を蔑ろにしてきたせいだ」と批判している。つまり、都合の良いことは戦前の日本人の功績で、都合の悪いことは戦後の日本人のせいにしたいわけだ。貝塚氏は「今の日本は『道徳教育が大切だ』という当然のことを口にするのも躊躇しなければならない不気味な社会になっている」と述べているが、問題なのは道徳教育を推進することではなく彼のように戦後日本を否定して道徳の教科化を煽ることだろう。

 もちろん私自身も今の日本に危機感を感じていないわけではない。だが、それは国民のモラルが低下したからではなく、90年代以降の自民党が緊縮財政を続けて子育て世代を貧困化させてきたからである。しかし、貝塚氏がそうした政治家や官僚の「道徳心の欠如」を批判したことは一度もない。戦後日本が嫌いな勢力にとっては、むしろ日本人が貧しくなったほうが好都合だからだ。

 

 更に、道徳の教科化や憲法の家族条項を推進している自称保守派が戦後日本を否定する理由としてよく挙げるのは「家族間殺人が増加している」という言説である。例えば、統一教会(世界平和統一家庭連合)の徳野英治会長は「殺人事件の53.5%(2013年)が親族間のものである。家族とはなんぞやを考えていかねばならない」と発言している。

 この他にも、リベラル派として知られる元NHKアナウンサーの下重暁子氏も「家族間の殺人事件は2003年までの過去25年間、全殺人事件の40%前後で推移してきたが、2004年には45.5%に上昇。それからの10年間では10ポイント近く上がり、2013年には53.5%にまで増えているのだ」と述べている。「家族間殺人が増加している」という言説を煽るとき、必ず「件数」ではなく「パーセンテージ」で見るのが特徴のようだ。しかし、実際に未遂を含めた家族間殺人の件数は2008年の558件をピークに、2018年の418件へと減少している。家族間殺人は増加するどころかむしろ減っているのだ(図71を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20200828173925p:plain

 

 消費税を10%に増税した2019年10-12月期から新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発令された2020年4-6月期まで実質GDPが3期連続でマイナス成長を続けているにも関わらず、国民の側から消費税引き下げを求める世論が盛り上がらないのはこうした「国民のモラルが低下している」「家族間殺人が増加している」というデマを鵜呑みにして、高齢者を中心に経済成長が人間の心を貧しくすると勘違いした人が多いからではないだろうか。

 私は消費税に反対するだけでなく、コロナの感染者に対して自己責任論を強要したり、戦後日本を否定して道徳の教科化を推進したりする者に対しても厳しく批判していくつもりである。

 

 

<参考資料>

塚田穂高 編著 『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩書房、2017年)

下重暁子 『家族という病2』(幻冬舎、2016年)

 

「感染は自業自得」「東京人はさっさと帰れ」日本人はどうしてコロナで他人を攻撃するのか?

https://news.yahoo.co.jp/articles/99c0eee9608e7bd063d2aac5f8b06a5647ac17fb

「コロナ感染は自業自得」日本は11%、米英の10倍 阪大教授など調査

https://www.yomiuri.co.jp/national/20200629-OYT1T50107/

他殺による死亡者数の推移 社会実情データ図録

http://honkawa2.sakura.ne.jp/2776.html

あなたにとって一番大切と思うものはなんですか

https://www.ism.ac.jp/kokuminsei/table/data/html/ss2/2_7/2_7_all.htm

殺人事件における被害者と被疑者の関係の推移

https://norman-2.hatenadiary.org/entry/20080806/1218016776

平成30年の刑法犯に関する統計資料

https://www.npa.go.jp/toukei/seianki/H30/h30keihouhantoukeisiryou.pdf

国民の側から消費税引き下げを求める世論を盛り上げよう

増税とコロナの影響で戦後最悪を記録した経済成長率

 内閣府が8月17日に発表したGDP速報値によれば、物価変動の影響を除いた2020年4-6月期の実質GDP成長率は年率マイナス27.8%と戦後最悪の落ち込みだった。個別の項目を見ると、民間住宅投資が年率マイナス0.8%、民間企業設備投資が年率マイナス5.8%なのに対し、民間最終消費支出は年率マイナス28.9%、家計最終消費支出(帰属家賃を除く)は年率マイナス35.6%と、消費税10%増税新型コロナウイルスによる個人消費の極端な落ち込みが実質GDPの大幅な下落につながったと思われる。

 

 図66では2009年10-12月期から2020年4-6月期の実質GDP成長率の推移を示したが、これを見ると経済成長率は民主党政権(2009年10-12月期~2012年10-12月期)の時代に年率平均1.69%だったのに対し、安倍政権(2013年1-3月期~2020年4-6月期)では年率平均マイナス0.14%まで下落している。特に実質GDP成長率は2019年10-12月期から3期連続でマイナスを続けていて、消費税増税による景気悪化に新型コロナウイルスが追い討ちをかけたのではないだろうか。

 西村康稔経済再生担当大臣は「政府としては経済を内需主導で成長軌道に戻していくことができるよう、引き続き当面の経済財政運営に万全を期す」と発言したが、7月からキャッシュレス還元を終了してレジ袋を有料化した影響で、個人消費はほとんど回復せず2020年7-9月期の実質GDP成長率もそこまで伸びないのではないかと予想される。

f:id:anti-tax-increase:20200817192539p:plain

 

 しかし、リーマンショックを超える深刻な不況にも関わらず、自民党幹部は相変わらず消費税を引き下げることに対して否定的である。例えば、岸田文雄政調会長時事通信のインタビューで「消費税は下げるべきではない。10%に引き上げるだけで、どれだけの年月と努力が求められたか。なおかつ消費税は社会保障の重要な財源となっている。社会保障の充実が言われているときに、この基幹税を軽減することはいかがなものだろうか」と発言している。

 だが、消費税収のほとんどは法人税減税に消えていて、1989~2019年度まで日本人が払った消費税は計396.4兆円なのに対し、法人税は国と地方合わせて税収が29.8兆円であった1989年度と比較すると計297.7兆円も減収しており、これは消費税収の75.1%が法人税減税の穴埋めに消えた計算になる(図67を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20200817204116p:plain

 

 また、内閣府の「社会保障と税の一体改革における財源使途の状況」によれば、消費税8%増税の初年度2014年度の増収分は4.95兆円だったが、このうち社会保障の充実に使われたのは0.5兆円と全体の10%に過ぎない。更に、安倍政権は2013年以降の約6年で診療報酬や介護報酬、生活保護などの社会保障費を少なくとも3兆8850億円も削減したことが明らかになっている。日本で社会保障を充実させるためには、消費税増税ではなくプライマリーバランス黒字化目標の破棄こそが必要なのだ。

 この他にも、甘利明税制会長は消費税減税について「下げた翌年にはありがたみが消える。一部相当額を現金給付したほうが経済の刺激効果がはるかに高い」と述べたが、それなら新型コロナウイルス景気対策として国民に毎月10万円を支給したほうが良いということになる。しかし、それもプライマリーバランス黒字化目標を堅持する限り実現することはないだろう。甘利氏は結局のところ、消費税引き下げを否定して緊縮財政を正当化するために現金給付を持ち出しているだけではないだろうか。

 

 

消費税引き下げが世界の潮流になりつつある

 自民党幹部が消費税引き下げを否定する一方で、世界では新型コロナウイルスの影響で付加価値税を減税する動きが相次いでいる。7月24日のしんぶん赤旗によれば、経済対策として付加価値税を引き下げた国は19ヵ国にものぼると報道された。既に述べた通り、ドイツは2020年7~12月の期間限定で付加価値税を19%から16%、軽減税率を7%から5%に引き下げ、イギリスでもレストランや娯楽施設に適用される付加価値税を2020年7月から2021年1月まで20%から5%に減税している。

 

 また、オーストリアでは接客業・文化関係などの税率を10%から5%、ベルギーではホテル・レストランなどの税率を12%から6%、ブルガリアではレストラン・書籍などの税率を21%から10%、コロンビアでは接客業・レストランなどの税率を8%から0%、コスタリカでは標準税率を13%から9%、文化イベントなどの税率を7%、キプロスではホテル・レストランなどの税率を9%から5%、チェコでは宿泊・スポーツ・文化関係などの税率を15%から10%、ギリシャでは公共交通・運輸などを24%から13%、ホテルなどを9%から5%、ケニアでは標準税率を16%から14%、リトアニアではホテル・レストランなどを21%から9%、モルドバではホテル・レストランなどを20%から15%、ノルウェーでは映画・ホテル・公共交通などを12%から6%、トルコではホテル・国内航空券などを18%から1%、ポルトガルではマスク・消毒剤を23%から6%、ウクライナでは文化イベントを20%から0%、韓国では個人事業主付加価値税納税を減額・免除、中国では中小業者の標準税率を3%から1%に引き下げた(画像を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20200818071251p:plain

 

 消費税を減税した国々の一覧を見ると、特にホテルやレストランの税率を引き下げた国が多いことがわかる。日本では2020年7月22日から8月31日までの期間限定で、旅行代金の35%相当(上限は1人1泊あたり14000円)を割引する「Go To トラベルキャンペーン」を実施しているが、申請方法が非常にややこしくブランド総合研究所の調査によればキャンペーンを活用して旅行を予約している人は3.0%に留まるなど、その利用については理解が十分に進んでいるとは言えない状況である。政府が本当に新型コロナウイルス景気対策として国民の消費を喚起させたいのであれば、まずは消費税を5%に引き下げて短くても2021年8月まではホテルやレストランの税率を0%にすべきではないだろうか。

 

 更に、消費税引き下げを求める世論を盛り上げるためには国民がもっと政治経済の問題に関心を持つ必要があると感じる。例えば、社会心理学者の三浦麻子氏などの研究グループが今年3~4月に行った意識調査によれば、「新型コロナウイルスに感染する人は自業自得だと思う」という質問に対して「そう思う」と答えた人の割合は、アメリカが1.0%、イギリスが1.5%、イタリアが2.5%、中国が4.8%なのに対し、日本は11.5%にものぼったことが明らかになった。国民の側から消費税引き下げや粗利補償を求める声がほとんど上がらないのも、多くの人がコロナ不況を自己責任だと勘違いしているからだろう。

 こうした状況を変えて消費税引き下げを実現するためには、周囲の家族や友人と積極的に政治経済に関する会話をして、早ければ今年中の実施が予想される衆院選では自民・公明・維新以外の反緊縮を掲げる政党に投票すべきだと思う。このブログで何度も述べているように、安倍政権が「消費税を5%に戻さないと政権を失う恐れがある」と危機感を抱けば消費税引き下げを決断するきっかけになるかもしれない。

 

 

<参考資料>

国民経済計算 2020年4-6月期1次速報値

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2020/qe202/gdemenuja.html

経財相、4~6月GDP「経済を人為的に止めた影響で、厳しい結果に」

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL17HTG_X10C20A8000000/

消費税「下げるべきでない」 自民・岸田文雄政調会長インタビュー

https://www.jiji.com/jc/article?k=2020080500837&g=pol

新勢力の結集めざし熱こもる山本太郎の演説

https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/11671

社会保障費3.9兆円削減 安倍政権の6年間

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-10-26/2018102601_01_1.html

自民・甘利氏、消費減税に否定的 「現金給付した方が効果高い」

https://www.tokyo-np.co.jp/article/47823/

消費税 19カ国が減税 コロナ禍経済対策

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-07-24/2020072401_01_1.html

Go To トラベルキャンペーンについて

https://travel.rakuten.co.jp/special/goto/

Go To トラベルキャンペーン、予約済みはわずか3%

https://response.jp/article/2020/08/04/337218.html

「コロナ感染は自業自得」日本は11%、米英の10倍…阪大教授など調査

https://www.yomiuri.co.jp/national/20200629-OYT1T50107/

反緊縮を掲げる安藤裕議員と須藤元気議員を応援しよう

安藤裕議員は2021年の自民党総裁選に出馬して総理大臣を目指すべきだ

 最近、気になっている政治家に自民党の安藤裕議員と立憲民主党須藤元気議員がいる。安藤氏は自民党衆議院議員でありながら安倍政権が進める消費税増税法人税減税に批判的で、2018年11月には別冊クライテリオンで当時自由党参議院議員だった山本太郎氏とも対談した。その一方で、自民党の離党を求める声に対しては「離党してしまっては与党の政策を転換させることはより困難になる」と否定している。自民党に所属しながら安倍政権の緊縮財政を批判するのは非常に勇気のいることだろう。

 しかし、真っ当な経済政策を掲げる安藤氏に対して揚げ足を取ろうとしているのが自民党幹部の議員だ。新型コロナウイルスに乗じて更なる増税を目論んでいる石原伸晃元幹事長は6月4日、消費税廃止を求める党内の声に触れ、「根拠を示さずものだけ言うようなことはこれまでの我が党にはない」と発言し、ある閣僚経験者も「子や孫の世代に負担を押し付けることになる。責任政党の姿ではない」と減税勢力をけん制した。

 

 自民党幹部が言う「孫の世代に負担を押し付ける」とは国の借金が増えることなのだろうが、国際的な財政再建の定義は政府の負債対GDP比率が減少することで、名目GDPが増加すれば政府の負債が増えても財政健全化は達成できるのだ。2019年度の名目GDPは552.1兆円だが、もし橋本政権以降の自民党が緊縮財政を行わず消費税が3%のままだったら個人消費が157.8兆円も押し上げられて名目GDPは709.9兆円になっていた可能性が高いことは『消費税3%減税と公務員増加で名目GDP700兆円を目指そうの記事でも説明した。

 だが、橋本政権よりも前に1989年の竹下政権が消費税を導入しなかったらどうなっただろうか。消費税が導入される前の1981~1988年度の家計最終消費支出(帰属家賃を除く)は年平均で7兆6840億円も増加していた。2019年度の家計最終消費支出は245.9兆円だが、もし消費税が導入されなかったら家計消費が毎年7兆6840億円も増加して2019年度は415.7兆円にのぼっていたことが予想される。そうなると2019年度の名目GDPは169.8兆円も押し上げられて721.9兆円になっていた可能性が高いだろう(図62を参照)。ちなみに、消費税廃止の他にも1997年以降に削減されている公的固定資本形成を増やせば、名目GDPは750~800兆円にも達していたかもしれない。

f:id:anti-tax-increase:20200713220509p:plain

 

 名目GDPが552.1兆円から721.9兆円に増加すれば当然のことながら「政府の負債対GDP比率」も減少する。財務省によれば2020年3月末時点で国債と借入金、政府短期証券を合計した政府の負債は1114.5兆円で対GDP比率は202%となっているが、もし消費税を導入せず名目GDPが721.9兆円だったら「政府の負債対GDP比率」は154%まで縮小したことになる(図63を参照)。消費税を増税するどころか廃止したほうが名目GDPは増加して財政再建にも有効で、安藤氏の提言は極めて現実的なものだと言える。

f:id:anti-tax-increase:20200713222806p:plain

 

 ただし、消費税廃止を実現させるために安藤氏は2021年の自民党総裁選に出馬して総理大臣を目指す必要があるだろう。自民党総裁選に出馬するためには党所属の国会議員から20人の推薦をもらう必要があるが、問題なのは安藤氏を支持する自民党議員がどれほど存在するかということである。例えば、自民党幹部は麻生太郎氏、二階俊博氏、森喜朗氏、甘利明氏など自民党総裁の任期を更に延長して2021年以降も安倍首相を続投させる方針を支持していて、消費税廃止を求める党内の意見を黙殺しているのが現状だ。

 また、安藤氏は今年3月30日に青山繁晴議員が代表を務める「日本の尊厳と国益を護る会」と共同で記者会見を行ったが、青山氏は「安倍首相も将来的な消費減税を全部否定されているとは思わない」「私たちは抵抗勢力ではなく、消費税について柔軟な考えを持っている安倍首相の背中を押すという減税勢力」と中途半端な発言に終始していて、もし2021年の自民党総裁選で安藤氏が直接的に安倍首相と戦うことになったら青山氏は安倍首相を支持する可能性が高いだろう。自民党内で安藤氏を総理大臣にする声が高まらないのは、表面的に消費税を批判していても「安倍政権の増税だったら仕方ない」と思っている議員が大多数だからなのかもしれない。

 

 とはいえ、海外では新型コロナウイルス景気対策として付加価値税の引き下げを決断する国が相次いでいる。ドイツが2020年7~12月の期間限定で付加価値税を19%から16%、食料品などに適用されている軽減税率を7%から5%に引き下げたことは『日本政府はドイツと同様に消費税引き下げを決断すべきである』の記事でも述べたが、最近ではイギリスでもレストランや娯楽施設に適用される付加価値税を2020年7月から2021年1月まで20%から5%に減税することを発表した。ここで自民党増税反対派が団結し、戦後最悪の緊縮財政を強行した安倍政権を辞任させないと日本は後進国に逆戻りすることが確実となるだろう。私は今の自民党を全く支持していないが安藤氏には頑張ってほしいと思っている。

 

 

野党の増税反対派が協力して安倍政権に危機感を抱かせる必要がある

 須藤元気氏はもともと総合格闘家だったが、2019年の参院選立憲民主党から出馬して初当選した。しかし、今年7月5日に実施された東京都知事選では山本太郎氏の支持を表明し、宇都宮健児氏を支持した党の幹部と対立している。須藤氏が山本氏の応援演説でしきりに訴えたのがロストジェネレーション(以下、ロスジェネ)の救済である。

 ロスジェネとはバブル崩壊後の不況の影響を受けた主に1970年代生まれのことで、運良く高収入になれた男性を除いて夫が妻子を養う高度経済成長期の家族モデルを形成できなかった世代でもある。国税庁民間給与実態統計調査によれば、35~39歳男性の平均年収は1997年の589.1万円から2018年の527.6万円まで61.5万円(1997年比で10.4%)も減少し、40~44歳男性の平均年収は1997年の644.7万円から2018年の580.6万円まで64.1万円(1997年比で9.9%)も減少している。図64では1997年を100とする「35~44歳男性の平均年収と消費者物価指数」の推移を示した。

f:id:anti-tax-increase:20200713230233p:plain

 

 本来なら結婚して子育てに励んでいるはずの世代がなぜこれほどまでに貧困化しているのか。代表的なアンチ山本太郎である政治ジャーナリストの安積明子氏は「ロスジェネ世代がロスジェネにならざるをえなかったそもそもの原因は、日本の国際競争力が低下したことにある」と、まるで日本のグローバル化が足りないから1970年代生まれの所得が減少したと言いたいようである。しかし、実際には小泉政権以降の自民党が緊縮財政を続けてデフレ不況を長期化させてきたことが原因の一つではないだろうか。図65では2001年を100とする「主要先進国の政府支出の推移」を示したが、これを見ると日本は先進国の中で最も政府支出を増やしていない国だと言える。

 ドイツが付加価値税の引き下げを発表したときに、「厳しい歳出削減を行った上で減税するから日本とは状況が異なる」と発言した経済学者がいたが、そのドイツでも2001~2019年の18年間に政府支出を1.5倍も増加させているのだ。

f:id:anti-tax-increase:20200713231241p:plain

 

 また、安積明子氏は今回の都知事選で須藤氏が立憲民主党方針に反し、消費税廃止を掲げる山本氏を応援したことについて、「5%だった消費税を10%にすることは民主党政権時の野田内閣で決まったことだ。もし須藤氏がその事実を知らなくて同党から出馬したとするなら、あまりにも無知すぎる」と批判しているが、これは悪質なネガティブキャンペーンだろう。

 消費税10%への増税を決定したのは2016年6月1日の安倍政権だし、立憲民主党の中にも石垣のりこ氏や堀越啓仁氏など消費税に批判的な議員は少なくないのだ。安積氏をはじめとする自称保守派が増税民主党政権のせいにするのは、安倍政権のやることに何でも賛成しているからだろう。

 

 更に、安積氏は都債を発行して都民に一律10万円を支給する山本氏の政策について、「15兆円のバラマキは都政財政を破綻させる自殺行為」だと発言している。しかし、2013年以降に日銀が金融緩和を行って民間銀行の国債を買い取り、国民に返す必要のある負債は急速に減少しつつある状況でどうやったら東京都が財政破綻するのだろうか。2020年3月末現在、すでに日本国債の47.2%は政府の子会社である日銀が所有していて、このぶんは返済や利払いを行う必要はないのだ。「都債を発行すれば財政破綻する」というデマは、「消費税を増税しないと財政破綻する」という財務省プロパガンダと同じだろう。

 そもそも、安積氏は都債15兆円の発行をバラマキ扱いしているが、緊縮財政を続けてデフレ不況を長期化させてきたのがこの20年間の日本である。公共事業でも社会保障でも、「バラマキ」という言葉を使う人を絶対に信用してはいけないと思う。

 

 最近では国民民主党玉木雄一郎代表が次の衆院選に向けて、「消費税減税で野党はまとまって戦うべきだ」と主張し、野党共闘には反緊縮的な政策が必要だと提言している。玉木氏はドイツに続いてイギリスが付加価値税の引き下げを発表したことを受けて、「消費税を5%に減税するだけでなく、半年間0%なども検討したい」とツイッターで述べた。そのため、須藤元気氏は立憲民主党を離党した後に、国民民主党の玉木氏や馬淵澄夫氏など増税反対派の議員と山本太郎氏を国政に戻すよう選挙協力するのはどうだろうか。

 自民党の安藤裕氏や国民民主党の玉木氏、そして須藤氏と与党からも野党からも消費税引き下げを求める声が上がれば、安倍政権にとって「次の衆院選までに消費税を5%に戻さないと政権を失う恐れがある」と危機感を抱かせるきっかけになるかもしれない。消費税増税に賛成する自民党立憲民主党の幹部に逆らって、反緊縮を掲げる安藤氏と須藤氏を今後も応援していきたいと思う。

 

 

<参考資料>

責任政党の姿ではない

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12607131546.html

国民経済計算 2020年1-3月期1次速報値

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2020/qe201/gdemenuja.html

国債及び借入金並びに政府保証債務現在高(令和2年3月末現在)

https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/gbb/202003.html

外食を50%割引、付加価値税は5%に減税

https://www.bbc.com/japanese/53344151

民間給与実態統計調査結果

https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm

都知事選、一番目立つ山本太郎でも「大旋風」を起こせない理由

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73601?page=5

国債等の保有者別内訳(令和2年3月末速報)

https://www.mof.go.jp/jgbs/reference/appendix/breakdown.pdf

国民・玉木氏「消費減税を旗印に」 合流ハードル高める

https://mainichi.jp/articles/20200717/k00/00m/010/263000c

古市憲寿氏やイケダハヤト氏など増税賛成派の若手の論客に反論する

若者は幸福だからと言って消費税増税に賛成する古市憲寿

 社会学者の古市憲寿氏が2011年に出版した『絶望の国の幸福な若者たち』という本を読んでいた。この本はバブル崩壊から20年以上不況が続いているというのに、現代の若者の生活満足度や幸福度は上昇しているという矛盾点を取り上げた内容である。例えば、内閣府の「国民生活に関する世論調査」によれば、2010年の時点で20代の70.5%が現在の生活に「満足」していると答えている。最新の2019年の調査でもこれが85.8%に増加したので、ますます若者の幸福度が高まっているとも言えるだろう。

 古市氏は本書を出版してから、政府の会議、企業向けの講演、政治家との討論番組など様々な場所に「若者」として呼ばれる機会が増えたという。政府やマスコミはどうやら彼の主張を「若者を代表する意見」だと認識しているようだ。

f:id:anti-tax-increase:20200703134146p:plain

 

 しかし、古市氏が若者は幸福だと考える根拠については大いに問題がある。内閣府の「国民生活選好度調査」(2010年)では「幸福度を判断する際、重視した事項」を聞いているが、そこで15~29歳の若者の60.4%が「友人関係」と答えていて他の世代と比べても突出して高かったという。古市氏は「1990年代以降顕著になったのは、若者たちにとって友人や仲間の存在が増してきたということだ」と述べている。だが、これは私のように中学生の頃に深刻ないじめを受けて同世代の友人がほとんどいない人にとっては何の説得力も持たない理由だろう。また、若者の多くがまるで小中学生のように友人や仲間こそ大切だと考えているなら、身の周りのことに気を取られて政治経済のことに関心を持ちにくくなる問題も生じてしまう。

 日本財団が2019年9~10月に9カ国の18歳を対象に実施した調査によれば、「社会課題について、家族や友人など周りの人と積極的に議論している」と答えた割合は中国が87.7%、インドが83.8%、インドネシアが79.1%、ベトナムが75.3%、イギリスが74.5%、ドイツが73.1%、アメリカが68.4%、韓国が55.0%なのに対し、日本は27.2%程度と欧米・アジアの他の8カ国と比べても著しく低い。10~20代の選挙投票率が低いのは、政治経済のことについて話さない友人関係にも原因がありそうだ。

 

 また、「国民生活に関する世論調査」だけを見て現代の若者の多くが幸福だと判断しても良いのだろうか。例えば、厚労省が発表している2019年の「自殺対策白書」によれば、10歳から39歳の死因の第一位は自殺となっている。こうした状況は国際的に見ても深刻であり、15~34歳の若い世代で死因の第一位が自殺なのは先進国で日本と韓国のみである。つまり、現代の若者は身近な友人たちと幸福を分かち合っている層と、学校のいじめや職場の不安定雇用に苦しめられている層とで二極化していると言えるかもしれない。

 

 その上、古市氏が現代の若者が幸福だと結論付けるのは彼の経歴や世代的な背景が存在するだろう。1985年1月に生まれた古市氏は慶応義塾大学環境情報学部を卒業した後に、東京大学大学院総合文化研究科に入学するエリート街道を歩んできた。2014年度の「東京大学学生生活実態調査」で東大生に家庭の年収を尋ねた結果が掲載されており、それによれば東大生の家庭では年収950万円以上が54.8%を占めている。世帯主が40~50代の一般世帯では22.0%でしかないので、東大生は富裕層の出身者が著しく多いことがわかる。逆に年収350万円未満の低所得者層は一般世帯では24.5%だが、東大生では8.7%しかいない。つまり、古市氏の主張は結局のところ社会的成功者としての若者論だということだろう。

 更に、厚労省の「国民生活基礎調査」によれば、児童のいる世帯の平均所得金額は1985年の539.8万円から1996年の781.6万円まで11年間で240万円以上も増加しており、古市氏が小学生の頃までは子育て世代の収入が上昇していたのだ。そのため、彼はまだ一億総中流社会の面影が残っていた時代に幼少期を過ごしたと言うこともできる。だが、消費税を5%に増税した1997年以降はデフレ不況が長期化し、児童のいる世帯の平均所得金額は2017年に743.6万円まで減少してしまった。

 

 図58では1996年を100とする「児童のいる世帯の平均所得金額と消費者物価指数」の推移を示したが、これを見ると物価はデフレと言われながらも消費税増税の影響でやや上昇しているのに対し、子育て世代の所得は大幅に下落したことがわかる。2020年以降は消費税10%増税新型コロナウイルスの影響で、更に子育て世代の所得が減少してしまうかもしれない。今の子供たちは古市氏が小学生の頃とは明らかに異なる時代を過ごしているのだ。

 むしろ、昭和の管理教育が衰退してから小学校に入学し、SNS上のいじめが深刻になる前に義務教育を修了した1980年代~90年代前半生まれのほうが今の子供たちよりも恵まれていると言えるだろう。

f:id:anti-tax-increase:20200703180552p:plain

 

 古市氏は2013年8月26日から31日にかけて経済財政諮問会議で行われた『消費税率8%への引き上げに関する集中点検会合』で、消費税増税について「海外からアベノミクスとセットで増税が認識されている」と発言している。つまり、「現代の若者は幸福だから国際公約のために増税しても問題ない」と言いたいのだろう。しかし、国際公約とは2011年11月にG20サミットで野田首相(当時)が「日本は2010年代半ばまでに消費税を10%に増税する方針を決めた」と発言したことを根拠にしているのだろうが、当時の世界主要国はユーロ危機の対応に追われていて日本の増税などどうでもいい話である。

 そもそも、消費税を引き上げるかどうかは他国が干渉できない国内の問題であって、このブログで何度も指摘しているように安倍首相は2012年6月のメールマガジンで「名目成長率が3%、実質成長率が2%を目指すというデフレ脱却の条件が満たされなければ消費税増税を行わないことが重要」と述べている。2013年の名目GDP成長率は0.8%、実質GDP成長率は1.4%程度(共に平成17年基準)なので、安倍首相はこの公約通り消費税8%への増税を中止すべきだっただろう。

 

 また、日本では欧米と違って若者が経済格差に反対するデモを起こさないことについて、古市氏は「ブラック企業問題などもあるが、ヨーロッパに比べたら大卒というだけで何とか働き口が見つかる日本は若者に優しい社会である」と述べている。この発言を聞いて古市氏は日本経済の現状が全くわかっていないと思わざるを得なかった。確かに日本は若年失業率の低い国であることは事実だが、その一方で先進国の中で最もデフレが長期化してこの20年間全く賃金が上昇していない。図59では1997年を100とする「主要先進国の賃金推移」を示した。

 古市氏が「若者は幸福だからデモを起こさない」と結論付けて消費税増税に賛成するのは、政治経済に関心を持たずデフレ不況で賃金が上がらない状況に甘んじているだけではないだろうか。私も29歳で今の生活に満足しているが、幸福を感じられない若者を自己責任で見捨てる古市氏の主張にはどうしても賛同できないのである。

f:id:anti-tax-increase:20200703155529p:plain

 

 

増税の代わりに社会保険料の引き下げを求めるイケダハヤト氏

 また、古市氏と似たような人物にYoutuberのイケダハヤト氏がいる。1986年生まれの彼は早稲田大学政治経済学部を卒業してから半導体メーカーに就職したが、その後はITベンチャーに転職し、現在はブログやYoutubeなどのアフィリエイターとして活動している。イケダ氏は著書『年収150万円で僕らは自由に生きていく』(講談社、2012年)の中で、「僕の考えでは人的なつながりさえ豊かであれば、お金は少なくても、あるいは全然なくても大丈夫です。わかりやすいところでは、友達とルームシェアをしていれば、家賃や光熱費、食費はだいぶ少なくなります」と述べている。つまり、「日本がいくらデフレ不況に苦しめられていても、身近な友人たちと幸福を分かち合えばいい」という古市氏と同様の考え方をしているのだ。

 

 更に、イケダ氏は「約40年後の2050年には日本の人口は9500万人台になり、その高齢化率は約40%にのぼるそうです。そうした長期のトレンドを鑑みれば、日本人の年収が今まで通り右肩上がりという妄想を抱くほうがクレイジーだと僕は思います」と典型的な『人口減少衰退論』を述べている。しかし、「消費税を廃止するためには経済成長の大切さを認識しよう」の記事でも説明した通り、ウクライナルーマニアなどは日本より人口減少のペースが速いにも関わらず、名目GDPは1998~2018年で20倍以上も増加しているのだ。

 日本のデフレ不況が長期化しているのは人口減少ではなく、1997年以降の自民党が緊縮財政を続けてきたことが原因なのだが、イケダ氏はそれを知らないのだろうか?

 

www.youtube.com

 

 イケダ氏は消費税増税にも賛成していて、Youtubeの動画『消費税ゼロはヤバい!イケハヤが消費税増税に大賛成な理由』を観ると、彼は消費税を大幅に増税する代わりに、現役世代の多大な負担になっている社会保険料を下げるべきだという立場らしい。2017年度の社会保障費用統計によれば、社会保障財源の構成割合は税金を含めた公費負担の35.3%(49.9兆円)よりも社会保険料の50.0%(70.8兆円)のほうが多く、そのうち企業負担に当たる事業主拠出が23.6%(33.4兆円)、個人負担に当たる被保険者拠出が26.4%(37.4兆円)で占められている。

 日本の社会保障制度の半分は税金ではなく社会保険料で成り立っているのであって、「消費税を増税して保険料を下げろ」というイケダ氏の主張は企業の負担を軽減して、そのぶんは増税として低所得者にまで広く負担を求める乱暴な案である。日本では1989年以降、経団連法人税減税の代わりに消費税増税を求めてきたが、「保険料を下げる代わりに増税」という主張もそれと同じようなものではないだろうか。

 

 また、イケダ氏は動画内で「世代間の格差を解消するために消費税増税が必要」と言っている。世代間格差とは、学習院大学教授の鈴木亘氏の試算によれば、将来的に受け取る年金受給総額から、現役時代に納めた年金保険料の総額を引いた差が1940年生まれと2010年生まれで約5900万円もあるという。

 世代間格差を消費税で解決しようとする意見には「消費税を増税すれば、富裕高齢者の消費によって税収が上がり、社会保険料の引き下げや将来的な年金支出を通して貧しい若年層に再分配できる」という思惑が存在するが、そもそも高齢者の多くは若者から搾取するほど金持ちなのだろうか。図60では「全世帯と高齢者世帯の所得金額階級分布」を示したが、これを見ると年収500万円以上は高齢者世帯より全世帯のほうが多いのに対して、年収400万円未満は全世帯より高齢者世帯のほうが多い。つまり、現役世代よりも高齢者のほうが貧困層は多いのだ。

 消費税は所得に関係なく、消費に対して同じ額の税金が掛かる「逆進性」の強い性質を持っているため、富裕高齢者よりも貧しい高齢者へのしわ寄せが大きいだろう。もし、世代間格差を解消させるために富裕高齢者に対して負担を求めるなら、消費税を廃止する前提で相続税を大幅に引き上げたり、金融資産に課税したりするのはどうだろうか。

f:id:anti-tax-increase:20200703171132p:plain

 

 更に、新潟大学教授の藤巻一男氏は2011年、消費税増税に関して20~60代の男女1000名に以下のアンケート調査を実施したが、その中で「消費税の引き上げには反対」と答えた人は20代で32.5%、30代で28.4%、40代で29.1%、50代で25.5%、60代で22.8%と高齢者より若者のほうが割合は高かった。私は2017年2月に『消費税の歴史と問題点を読み解く』という本を出版してから、様々な世代の方に消費税についてどう思っているのか聞くようになったが、明らかに60代以上のほうが増税を容認する人が多いように感じる。

 もし、消費税増税が世代間格差の是正になると国民が実感しているのなら、若者こそ消費税増税に賛成する割合が高くなければならないが、高齢者より若者のほうが増税に反対する人が多い事実について、イケダ氏をはじめとする消費税増税の賛成派はどう感じるだろうか。

 

 また、仮にイケダ氏が言うように社会保険料を引き下げる必要があったとしても、しばらくの間は増税ではなく国債を発行して財源を捻出すれば良いだろう。今は新型コロナウイルスの影響でデフレ不況が深刻なので、政府は例えば景気対策として年間の名目GDP成長率が5%以上に達するまで社会保険料の支払いを免除して財源は国債で賄うという政策を打ち出すことも可能である。イケダ氏は社会保障の財源を捻出する方法が税金と社会保険料しかないと思っているから、「社会保険料引き下げの代わりに消費税増税」という提案になるのだろう。

 

 更に、イケダ氏は「社会保険料引き下げと消費税増税で現役世代の負担を減らせば、経済が良くなって子供を生みやすくなる」と発言しているが、これは消費税の怖さを全く理解していない暴論である。図61では過去60年間(1959~2019年)の「名目GDP成長率と出生数の推移」を示したが、1970年代後半以降の成長率と出生数の低下には強い相関関係があることがわかる。

f:id:anti-tax-increase:20200703181541p:plain

 

 特に消費税を導入した1989年からは少子化がより深刻になっていて、消費税3%だった1989~1996年は出生数の平均が年間121.5万人なのに対し、消費税5%だった1997~2013年の平均が年間111.3万人、消費税8~10%に引き上げられた2014~2019年の平均が年間95.3万人と増税すればするほど出生数が減少しているのだ。先進国の中で最も公的な教育予算が少なく、毎日消費される食料品にまで8%の税率が適用される日本では20年以上続いたデフレ不況が少子化にも影響しているのではないだろうか。

 若者の代表を装って、子育て世代を苦しめる消費税増税に賛成する古市憲寿氏やイケダハヤト氏は大いに問題があると感じる。

 

 

<参考資料>

古市憲寿 『だから日本はズレている』(新潮社、2014年)

本田由紀 『教育は何を評価してきたのか』(岩波書店、2020年)

片田珠美 『「正義」がゆがめられる時代』(NHK出版、2017年)

三橋貴明 『メディアの大罪』(PHP研究所、2012年)

藤巻一男 『日本人の納税者意識』(税務経理協会、2012年)

 

現在の生活に対する満足度(2019年)

https://survey.gov-online.go.jp/r01/r01-life/zh/z02-1.html

年齢階級別の自殺者数の推移

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/19-2/dl/1-3.pdf

平成30年 国民生活基礎調査の概況

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa18/index.html

国民経済計算 2016年7-9月期 1次速報値

https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/data/data_list/sokuhou/files/2016/qe163/gdemenuja.html

Earnings and wages Average wages OECD Data

https://data.oecd.org/earnwage/average-wages.htm

社会保障費用統計(平成29年度)

http://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/fsss-h29/fsss_h29.asp

人口動態総覧の年次推移

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai19/dl/h1.pdf

デフレ不況が20年以上続く日本で消費税は不向きな税制

積極財政を装って緊縮財政を進める安倍政権

 安倍政権が発足してから7年半が経って、結局のところアベノミクスって何だったのだろうかと思う。アベノミクスはもともと、「大胆な金融緩和」「機動的な財政政策」「民間企業を呼び起こす成長戦略」という3本の矢で構成されていた。一つ目の金融緩和は日銀が世の中に供給するお金の量を表したマネタリーベースを見ると、2012年12月から2020年5月までに396.3兆円も増加しているので徹底的に進められたと言うことはできるかもしれない。

 しかし、消費者物価指数の中で最も重要なコアコアCPI(食料〔酒類を除く〕及びエネルギーを除く総合)は2020年5月に対前年比0.1%と消費税増税の影響を含めても年率2%のインフレ目標には達しておらず、金融緩和がデフレ脱却に全く寄与していないのが明らかである(図52を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20200620131727p:plain

 

 2つ目の財政政策については当初、国土強靭化として公共事業の大盤振る舞いを宣言していたが、実際に安倍政権が財政出動を行っていたのは最初の1年だけであって、公的固定資本形成は2013年10~12月期の27.1兆円から2020年1~3月期の27.0兆円へとほとんど横ばいの状態が続いている(図53を参照)。2013年10月1日に消費税8%への増税を決めてから政府の公共投資を全く増やしていないのが現実なのだ。

 それどころか、安倍政権は2025年のプライマリーバランス黒字化目標のために憲政史上初めて消費税率を2段階も引き上げた戦後最悪の緊縮財政内閣だと言うこともできるだろう。

f:id:anti-tax-increase:20200620120014p:plain

 

 また、安倍政権が本当に2012年当時から積極財政だったのかというのも疑問に思う。安倍首相は2012年6月のメールマガジンで「名目成長率が3%、実質成長率が2%を目指すというデフレ脱却の条件が満たされなければ消費税増税を行わないことが重要」と発言していたが、これは非常にハードルの低い目標である。そもそも消費税とは完全雇用のもとで国民の消費を減らし、消費財を生産していた人手を浮かせてインフレを抑制することが目的の税金であって、年間の名目GDP成長率が10%を超えるような激しいインフレが発生しない限り増税してはいけないからだ。

 つまり、安倍政権は消費税増税を実現させるために、一時的に財政出動を行って少し景気を上向かせておこうと考えていただけではないだろうか。日本が本当にデフレ脱却するためには、消費税の廃止こそが必要だという考えには至らなかったようである。

 

 

法人税を減税しても国内への設備投資は増えない

 3つ目の成長戦略は具体的に言えば法人税減税などの規制緩和だが、消費税増税の代わりに法人税を引き下げて企業に余力が生まれたとしても、利益は需要不足の日本ではなく海外に投資される可能性が高い。

 1996~2019年の23年間で民間企業の設備投資は1.25倍しか増加しなかったのに対し、海外への投資の額を表した対外直接投資は9.50倍も増加している(図54を参照)。海外に拠点を置いて活動する企業の数を表した現地法人企業数も1996年の12657社から2018年の26233社まで増加していて、法人税の高い時代のほうが企業は国内で仕事をしていたのだ。

f:id:anti-tax-increase:20200620121323p:plain

 

 更に、法人税を減税すると企業の経常利益が増加しても法人税収がほとんど増えないという問題も発生する。法人税の基本税率は消費税が導入された1989年度の40.0%から2018年度の23.2%まで減税し、法人税収も1989年度の19.0兆円から2018年度の12.3兆円まで減収しているのだ。それに対し、企業の経常利益は1989年度の38.9兆円から2018年度の83.9兆円まで約2.2倍も増加し、法人税収が減少する一方で経常利益はバブル崩壊後も増え続け過去最高を更新している。

 もし、2018年度の経常利益に1989年当時の税率(40%)が適用された場合、単純比較で法人税収は41.0兆円にものぼっていたことが予想され、これは実際の法人税収より28.7兆円も多かったことになる(図55を参照)。2018年度の消費税収は17.7兆円程度であるため、法人税率を一昔前の水準に戻せば消費税を廃止しても社会保障費を捻出することは可能なのだ。

f:id:anti-tax-increase:20200620134929p:plain

 

 経団連は「法人税増税すると日本から企業が逃げ出す」と言うが、経産省の海外事業活動基本調査(2017年度)では海外に進出する企業に対して移転を決定した際のポイントについて3つまでの複数回答で聞いたところ、法人税が安いなどの「税制、融資等の優遇措置がある」を選択した企業は8.0%と一割にも満たなかった。

 その一方で、企業が海外進出を決定した理由としてトップに挙げたのは「現地の製品需要が旺盛または今後の需要が見込まれる」の68.6%で、法人税を減税するよりも消費税を廃止して個人消費による需要を創出すれば、企業が国内に留まってくれる可能性が高いということだろう。

 また、今後は新型コロナウイルスの影響で景気が悪化して法人税収が減少するのではないかという懸念もあるが、そのときは日銀が目標に定めている年率2%のインフレ目標に達するまで国債を発行して財源を捻出すれば良い。国債を躊躇なく発行すれば、それによって歳出が短期的に増加することがあったとしても財政出動による経済効果で成長率が上がり、自然増収が毎年どんどん増えていくのである。

 

 

消費税廃止を掲げる人物を総理大臣にしよう

 私は消費税についてデフレ不況が20年以上続く日本では不向きな税制なのではないかと考えている。財務省は毎年度の政府予算で歳出が税収を上回って不足額が広がっていく現象を「ワニの口」と呼んでいるのに対して、京都大学教授の藤井聡氏は1997年以降に名目GDPの日米格差が大幅に開いてしまったことを「新ワニの口」と表現している。

 図56では主要先進国の名目GDPの推移を示したが、これを見ると1997~2019年の22年間でカナダが2.53倍、アメリカが2.50倍、イギリスが2.30倍、フランスが1.86倍、ドイツが1.75倍も経済成長したのに対し、日本は22年間でたったの1.04倍しか名目GDPが増加していない。日本の2019年の名目GDPは553.7兆円だが、もし1997年以降の日本がアメリカ並みに経済成長したら名目GDPは今頃1300兆円を超えていたことが予想される(図57を参照)。

f:id:anti-tax-increase:20200620125205p:plain

 

f:id:anti-tax-increase:20200620125738p:plain

 

 しかし、国会議員の方々は日本が「衰退途上国」に転落してしまったことについて全く危機感を持っていないのではないかと思えてならない。例えば、自民党石原伸晃元幹事長は6月11日に「消費税ゼロなんてことを言ったらどこかの政党と一緒だ。保守政党は消費税ゼロを言っちゃダメ」などと発言をしている。だが、消費税増税に反対する産経新聞特別記者の田村秀男氏は2018年11月にトランプ大統領の腹心、ミック・マルバニー補佐官代行と対談した際に、彼は保守主義の政策について「税金を使わずに経済を成長させ、人々の生活を楽にすること」と主張したという。

 2019年9月にもアメリカの保守派から「日本では保守を名乗る政治家がなぜ、経済成長を損なう増税を選挙公約にするのか」と聞かれた際に、田村氏は「日本の政治家は伝統を重視すれば保守だと自認するが、経済成長には無関心で社会保障費を補うために増税やむなしという立場になっている」と答えたら、「それは我々の言う保守主義とは関係ないね」と驚かれたらしい。つまり、保守政党だからといって緊縮財政を推進する理由にはならないということだろう。

 

 今年に入ってからは新型コロナウイルスの影響で、ドイツが付加価値税を7~12月の期間限定で現在の19%から16%に引き下げ、食料品などに適用される軽減税率も7%から5%に下げることを決定した。1997~2019年の22年間で1.75倍も経済成長したドイツが付加価値税を減税したのだから、たったの1.04倍しか名目GDPが増えていない日本も景気対策としてそれを見倣って良いのではないだろうか。

 とはいえ、安倍首相や石原元幹事長などの緊縮派では消費税の引き下げは不可能なので、自民党内であれば安藤裕議員のような消費税廃止を掲げている人物を総理大臣にするしかないと思っている。

 

 

<参考資料>

若田部昌澄 『ネオアベノミクスの論点』(PHP研究所、2015年)

松尾匡 『この経済政策が民主主義を救う』(大月書店、2016年)

菊池英博 『消費税は0%にできる 負担を減らして社会保障を充実させる経済学』(ダイヤモンド社、2009年)

藤井聡 『「10%消費税」が日本経済を破壊する』(晶文社、2018年)

伊藤裕香子 『消費税日記 ~検証 増税786日の攻防~』(プレジデント社、2013年)

田村秀男 「経済成長を無視する空っぽの保守主義」 『表現者クライテリオン』(啓文社書房、2019年11月号)